第一章-財布は何処へ-
ずしーんという何か重い物が落ちた音が響く。
舞い上がった砂煙。
地面に瓦礫の破片が落ちているらしく、乾いた音が静かな闇をうるさくする。
「いってぇ…。クロス…?エリナ…?」
真っ暗闇で何も見えない。
ただ、自分の上と下に温かくやわらかな感触がある。
落ちる際エリナが先だった…ということは下がエリナで上がクロスに違いない。
高い所から落下して、さらに女の子1人が野郎2人の下敷きになってるとノウェは次第に状況の悪さを想像する。
まず、上に乗っている者をどかそうとする。
そもそも重くて自分も動けないのだ、上の者をまずどかさなければ話は始まらない。
「おい、起きろよ!いつまで寝ているんだよ…ん?」
何かしら違和感を感じた。まずクロスであるはずの上の者はとても柔らかく、花のような甘い匂いがするのだ。
そして、手に感じるふんわりとした何とも言えないマシュマロのような感触は…?
「う…ん………。……誰!?ちょっ!!どこ触ってるのよー!!!!!」
バチーン!!!
暗闇の中だというのに、ノウェの右頬に衝撃が走る!!
「ふぎゃッ」
避けきれるわけもなく、ノウェは柔らかな胸の持ち主であるエリナからの制裁を食らった。
「その声…、ノウェさ…?え…!し、信じられない!!」
「ご…誤解だ!!それよりエリナが上にいるってことはクロスが下ってことなのか?」
「それより…」とノウェに話を逸らされることに凄く憤りを感じたエリナだったが、事態の深刻さを次第に理解し始めたようだ。
「ちょっと待って、魔法で光を照らすわ!」
エリナが魔法を唱え、暗闇を一瞬で光に変える…とそのまさに明るくなる時だった。
「うっわぁああ!!」
「きゃあああっ!!」
いきなり下の者が動いた。おかげで2人はバランスを崩し床に転がる。
「いったたた…急になんだよ…」
「それは僕の台詞だよー」
知らない声が、ノウェの後に続いた。少年から青年といったノウェの年齢と近しい声だった。
クロスではなく、少し間延びしたような雰囲気を醸し出す声の主はこけている2人の前ですっくと立ち上がった。
「普通の人間だったら、間違いなく大怪我か死んでたよ、きっと」
目の前に現れるその姿は、フードを覆ったままだ。
だが、衝撃で意識朦朧としつつあったエリナがフードを被った者の声でハッと目を覚まし、急いで立ち上がる。
「こいつ!こいつだわ!私の財布盗った奴は!!」
「何だって…?!」
ノウェがエリナの言葉を聞いて、フード男を見る。
すると、フードの者は「あ…」と我に返ったかのような素っ頓狂な声を上げて後ずさりをした。
が、その男の背後を
「やぁやぁ!やぁーっと降りられたぜー!」
クロスが逃げられないようにか、乱暴ながらギターを片手に持って現れた。
フードの者は、そんないきなり現れたクロスの方に更に驚いたようだ。
びくっ!と肩を一度震わせると、しばらく路頭に迷うかのようにしていたが、観念したのか両手を上げた。
「ノウェー!!エリナちゃんも!だいじょーぶ?それとこの子は?女の子?」
クロスはのーんびりした様子で仲間に心配の声をかける。そして新たな人の性別を聞く。
もちろん女の子だったら…、あとの事はご想像できる事だろう。
ノウェは違う違う…と言った感じで胸の前で手を左右に振る。
すると何がおかしいのかフードの者はふふっと笑い始めた。
「何がおかしい?」
ノウェは表情を険しくしながらフードの者に訊ねる。
フードの者は、そんなノウェを見て申し訳ないことをしたとばかりに小さく「ぁ…」と言うとぎこちなくフードに手をかけた。
「ごめんなさい…、僕の声聞いてただろうに性別聞くから可笑しくて…君もそう思わなかった?」
フードを外した者は、エリナが言っていた通りノウェと似た身長、髪の長さもほぼ同じ、唯一、髪と瞳の色が違っていただけの少年だった。
フード少年の後ろ姿を見たクロスがへえぇ!と驚きの声を上げる。
「ノウェそっくりだー。まぁ色は違うんだけど…なんていうのこれ?色違いのノウェ見てるって感じ」
「顔はそうでもないと思うよ」
少年はニコッとクロスの方を向いて微笑みかけたその時だった。
炎弾が少年の真横を通った。放たれた先にはエリナがいた。
「私の財布…っ!返しなさいよ!!」
やっと見つけた犯人なのに、なかなか返そうとしないことに腹を立てたらしくエリナが炎弾を放ったらしい。
当てるつもりだったのか威嚇のためだったのかわからない炎弾は、そのまま少年の横を通り過ぎた後、壁にぶつかり煙を上げて消えた。
「お…落ちつけよ、エリナ」
ノウェが変貌する彼女を落ち着かせようとするが、エリナはその声に耳を傾けない。
「そう言ってたら逃げられるかもしれないじゃない!ここがどこかわからないのにゆっくりしてられないわ」
自分の今の状況を理解していないのか、少年はエリナの言葉を聞くと「あぁ!」と手をポンと叩いて言った。
「ここね、ここはロスティロード。貿易港町トレースの裏側みたいな所だよ。それと逃げるって…」
「あなた私の財布盗ったでしょ。私はそれを返すためにここに来たの。私の財布盗ったの知ってるんだから!」
手を前に出して早く返せとばかりにエリナが少年に詰め寄る。
ここでようやく立場を理解したのか横に目線をやると、少年はエリナに告げた。
「ごめんなさい、本当は盗るつもりなかったんだけど…でもどうしても必要で…。すぐには返せないけど絶対返すから、今は渡せない」
その場にいた少年以外の人間が、少年の言葉を理解できなかった。
エリナも答えの意味を理解せずに一瞬固まったが、次第に財布を返さないという意味を理解したようだ。
「ふーん…返さないのね。ならこちら側も容赦しないわ。力づくで返してもらえばいいんだし。それに幸いなことにここには人はあまりいないわ」
黒い笑みを浮かばせてエリナが武器のメイスを手に取った。
メイスの先から、今まで以上の炎の塊が姿を現す。
事の重大さにノウェがエリナを止めようとするが、炎の熱と光に阻まれてエリナの近くに寄っていけない。
「おい、エリナ!それはやりすぎだ。なにか事情ありそうだし、聞いてから考えないか?」
「返す気あるなら今すぐ返ってるはずだわ。それに今すぐ返してくれないと私は旅を続けられないの。だったら今すぐ無理にでも取り返すまでよ!」
言っている間にも炎はどんどん大きさを増す。
これを普通の人間が食らえば、一撃で勝負はつくだろう。だがそうすれば人を殺すわけで、ただでは済まないはず。
だが、エリナは先ほど何て言った?
「人はここにあまりいない」と言わなかったか。
殺す気か、理解したノウェは光の眩しさと熱で目が眩みそうになるのを、腕で影を作ることで押さえ、エリナの近くへ行く。
そして…
「な、何するのよ!!」
「止める!!エリナ!!話も聞かずに攻撃をするのは駄目だ!!ひとまず話を聞くんだ!!」
エリナの両手首を抑えた。
その間、ふと少年に逃げろと告げようと少年を見て、少年の様子に逆に驚いた。
少年は花火か何か珍しいものを見るかのように、「へぇ〜」と感心した様子で炎の弾を見ていたのだ。
「逃げろ!!あ、でも逃げたら困るのか。クロス!そいつを捕まえてその場を避けろ!!」
「え、俺様に今これが放たれそうなからあっちへ行けと?」
「へ?」
見たら真横にクロスがいた。
いつの間にか、クロスは横に避難していたのだった。
その間にも炎の弾は大きくなり…
「劫火を持って罪を償いなさい!!フレイムハウンド!!」
巨大な炎弾は放たれた。
弾だった炎は地獄の番犬のように、そして猟犬のように少年に襲いかかる。
もう駄目だ…とノウェが放心したその瞬間だった。
少年の姿が光り、少年のいた場所に巨大な白いドラゴンが姿を現した。
さらにドラゴンはその頭に携えた立派な角で、襲いかかる炎を一刺しで潰した。
ドラゴンは咆えることなく優雅な様子でしゃがむと、青く透き通った角を光らせ始める。
こちらを見るその瞳は青色で、ノウェはそれがこの世で最も美しいものに見え、もっと見たいと思うようになった。
が、そこでクロスがノウェとエリナを守るように二人とドラゴンの間に立ちはだかった。
「おい、クロス何してんだよ…」
邪魔だからと言おうとクロスの顔をちらりと見れば、クロスはドラゴンから目を逸らさないようにしっかりと見つめそのまま話し始めた。
「あー、悪いけど俺様、そこらの魔法使いさんと違うからそう何度も同じ術が効かないのよ。だから無駄だぜ?」
やってみるのは大いに構わないけどな、と最後にニィッと笑みを浮かばせてドラゴンに向かって話した。
ドラゴンはしばらくの間じっとクロスを睨みつけるかのように見ていたが、何を思ったのか静かに首を垂れると光り輝き…。
「うそ…」
エリナが驚きのあまりに目を見開いたまま呟いた。
ドラゴンの立っていた場所には、先程の少年がドラゴンと似たように首を垂れた状態でしゃがみ込んでいた。
「これは、困った…かもね」
本当に困ったのか、少年は眉根を寄せつつも苦笑していた。
「一体何がどうして…今のは何だったんだ?クロス?」
ノウェがクロスに尋ねるとクロスはそこでようやく少年に向けていた鋭い瞳をいつもの緩い調子に変えた。
「あー、簡単な話で人間じゃないんだよ、あいつ」
「どういう意味だ?」
人じゃないとすれば魔物ぐらいしか想像がつかないが、魔物なら襲い掛かってくるはずだから…やっぱりわからない。
悩んでいると、少年がノウェの様子がおかしいのかくすくす笑い始めた。
「ふふん、僕、魔法で姿を人に変えているんだ。さっきみんなが驚いたドラゴン。あれが僕の本当の姿だよ」
少年の瞳が青く鋭く光った…ような気がした。
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