第一章-財布は何処へ-
「お前が…ドラゴン…だって?!」
あまりの話に驚き、そして信じられないと呆れていると、目の前の少年はやれやれとばかりに首を振った。
「無理もないよね。光り輝いたと思ったらドラゴンが目の前にいてて僕が消えるんだもの。でも僕は君たちの言う『ドラゴン』だよ」
なんならもう一度魔法を解いてもいいよ、とニコニコ笑う少年の目に嘘偽りの色はなかった。
「でもそれならどうして?ドラゴンはもともと自然が多い所にいて、こんな廃墟みたいなとこにいるはずないのに…。それに私の財布を取る理由がわからない…」
エリナが不思議そうに首をかしげる。
たしかに考えれば不思議なことだらけだ。
ドラゴンは本来、人里から遠く離れた地にいるはずの生き物であり、動植物を食べる。それなのに人里にいる上、人の扱う通貨を欲するとは…。
すると、少年は苦々しい表情になりながら、困った顔でエリナに答えた。
「あー…それは色々あって…、お金のことは悪いと思ってる。けど今すぐ必要なんだ…」
「何に使うつもりだったの?事情がちゃんとあるなら考えてもいいけど…?」
エリナはしょぼんと小さくなる少年に攻撃する気にもなれず、尋ねた。
少年は言うべきか迷ったような顔をしたが、首を一度縦に振るとまっすぐに3人を見た。
「僕の家に病気の子がいるんだ、それで薬を得るためにお金が必要で…」
「なるほど、それで盗ったってわけか」
「うん…、薬を買ってきてもらって飲ませていたんだけど全然効かなくて、それで病院?に連れていくには大金がいるって聞いたから…。
でもこんなことするのはいけないよね。ごめんね、これは返すよ」
少年はフードの奥からエリナに盗った財布を取り出し、持ち主に返した。
エリナはそれを受け取らなかった。
「大丈夫だよ、まだ中身は盗ってない」
受け取ってもらえないことを不思議に思い、少年は突き出すようにエリナに返そうとしたがエリナが首を横に振った。
「別にいいわ。そういう理由なら。旅には必要でないのかって言われたら嘘になるけれど、
ちょっとそこらのモンスターを退治の仕事を受ければどうにかなると思うし。それで人を救えるのなら使って」
「それは…えっと…ありがとう」
少年がエリナの言葉に凄く驚いたが、とてもうれしかったのか笑顔で礼を言う。
エリナは少年のあまりに純粋な笑顔に少し面食らった顔をしたが、頬を少し紅く染めるとそっぽを向いた。
「仕方ないでしょ。これを返してもらった結果、人が死ぬ方が私にとっては嫌なだけ。でも今後は他人の財布なんて盗ったらだめよ」
「うん、それは心に誓う。僕は二度と他人の財布を盗らない」
そんな二人のやり取りを見ているノウェの肩がそっと叩かれた。
クロスがノウェに耳打ちをした。
「ノウェ、こいつの言う財布ってエリナちゃんの話じゃん。俺様達とは関係ないんじゃないか?悪いけどこの場は…」
言い終える前にノウェがクロスから目を背け、少年の方を向いた。
「普通の薬が効かなくて悪化してるってことは急いだ方がいいんじゃないか?俺たちにできることとかないか?」
クロスがあちゃーと言った感じで項垂れ、逆に少年はノウェの話を聞いて驚いたように顔を上げた。
「え?君たちが助けてくれるの?」
「いや、助けられるかどうかは聞いた話だけじゃ俺も断定できないけど、病気に詳しいこいつが多少の知恵をくれるぞ」
そこでノウェはポンポンとクロスを叩き、クロスがそこでうぇええええ!と変な声を上げた。
「俺様ぁ?いや俺様それぐらいはできるけど…っていうかさ、ノウェ?俺たちの当初の目的忘れてない?」
「目的…?そういえば君たちはどうしてここに…?そこのお嬢さんはお財布の件でだけど…」
少年がキョトンとした表情でノウェ達を見る。
「俺たちも財布の件だったりするけれど、盗んだ奴が違うみたいなんだ。エリナって名前で飛んだら同じ名前で違う子の所に飛んできて…」
「それで私と出会ったってわけ」
「なるほど…、それじゃあ君はエリナって言うんだね。僕の知り合いと同じ名前だよ。可愛い名前だよね」
少年はニコッと笑いかけて重要なことを言った。
「知り合いと同じ名前?それって?」
「僕の知り合いの女の子もエリナって言うんだよ。僕の家で寝込んでいる子を面倒見てくれている子がいて、
その子の名前もエリナって言うんだ。もしかしたら彼女が盗ったのかもしれない。家にいる頃だろうし案内するよ」
と告げて少年は家を案内するため歩き始めた。
少年の家は歩いてから、数分もかからないところにあった。
扉は一見しただけだと周りの壁とあまり変わらないぐらいに朽ちていた。
少年はそんな朽ちた扉をえいっとこじ開けた。それと同時に少女の怒ったような声が響いた。
「おっそーーーーーい!!!!レン!!どこ言ってたのよーーー!!!」
ノウェとクロスは、声の主を見て「あ!」と凍りついた。
声の主は「あん?」と気だるそうに、凍りついた人間を見るなり、固まった。
「え?あれ、さっき吐いてた人だ!レン、この人達どうかしたの?」
驚いた少女を落ち着かせるかのように、少年は宥めた。
「大丈夫、この人たちに説明してるところだったから。彼女の名前はエリナだよ。ふだん僕はエリーって言ってるんだけどね。
人との交流がよくわかってない僕のサポートもしてくれているいい子なんだ」
「他人様の金盗んでて良い悪いもないと思うけどなー」
クロスが意地悪くつっこみを入れた。少年はその言葉を聞いて謝り始める。
それを見たノウェがクロスを窘める。
「おい、クロス。いい加減に…」
「まぁま、俺様ちょっと意地悪したくなっただけだから気にすんなって。それより?風邪が治らないって子の症状でも診ますか」
ずかずかと入りこむクロスに、少年が紹介した方のエリナ「エリー」が怪訝な顔をしてクロスを止めに入ろうとした。
が、逆に少年に案内をするよう指示され、しぶしぶながらもクロスを奥の部屋まで案内を始めた。
それまで黙っていたエリナが軽くため息をすると腕まくりを始めた。
「それじゃあ待ってる間、暇だから私も何かするわ。えーっと…名前は…」
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったよね。僕の名前はレン。ここではそう呼ばれているよ」
「ここではそうって言うと他に名前がありそうだな」
ノウェが不思議そうに尋ねると、少年レンは笑いながら答えた。
「他に名があるんだけどね、レンの方が気にいってるんだ。エリナさん、お手伝いしてくれるの?」
「エリナさんって呼び名はやめて。あの子と同じ名前だから迷うかもしれないけど、エリナって言ってくれたほうがいいな」
「わかった、そうする。君の名前は?」
「俺はノウェ。さっきのあいつはクロス。俺も手伝えることがあるなら手伝い、何かするよ」
2人が他愛なく自己紹介をし、手伝いをすると言ったことでレンはますます表情を明るくした。
「じゃあ、とても申し訳ないんだけどお医者さんが必要となったときの手続きの方法を教えてほしいんだ。
たぶんここには来てもらえないだろうから病院という場所に連れて行かなければならないだろうし…」
「何で?俺とクロスはここまで魔法で来たけど、医者は来れないのか?」
「来れないんじゃなくて、ここは捨てられた人たちが集う場所だから皆来たがらないんだよ」
レンの後ろからエリーがやってきて呟いた。
「あたし達、親に捨てられたり戦争で親を亡くしたりした人間でね、
レンがそんなあたし達を守ってくれてたの。でもレンが人間じゃないってばれたら大変だから、普段はあたしが街中で旅人に道案内したりしてお礼もらってたってわけ」
「稼ぎって盗みか?」
ノウェが少し厳しい目でエリーを見ると、エリーは目を一度伏せ、ふーっとため息をつくと、懐から不格好な袋を取り出した。
「ごめん…、やっぱりあたしが盗ってたのばれてたんだね。でも盗んだのは今回のこれが初めて。それは本当だよ。まあ言っても信じてもらえないだろうけどさ。
あと、中身はいっさい手をつけてないから確認するといいよ」
それからもう一度ごめん…と謝った。
ノウェは渡された財布袋をレンに渡した。それを見てエリーが不思議そうな顔をする。
「あんた…どうして…」
「いいの。俺もこいつと同じ意見で困ってる人から必要なものを取り上げたくなかっただけ。でも盗みを許したわけじゃない。
一度だけって言ってるけど一度でもしたら駄目なんだ。今回は仕方ない理由だと思うから目をつぶるけど、次は絶対するなよ」
それじゃあ病院へ行く手立てでも考えるぞと続けてノウェは旅用の袋の中から地図を取り出した。
エリーは盗んだことを後悔し、泣きそうな顔になったが、レンがそんなそっとエリーの頭を撫でた。
話し合いの結果、病院から医者が来れない理由がわかった。
一つは、ここが治安のよくない廃墟ロスティロードという場所だからという理由からだ。
ここには捨てられた者や飢えた者だけでなく、犯罪者の温床という面もあり、
医者は薬を持っているという認識から襲われやすいとされ、政府から病院関係者は立ち入り禁止区域となっていたのだった。
「それなら病人を連れて病院へ行くしかないな」
「そうしたいのは山々なんだけど…」
レンがしょんぼりとした。
何故そこで?と不思議に思ったエリナが尋ねようとしたとき、クロスが奥から姿を現した。
「それは無理だな」
「何で?」
「本人は高熱を出して意識朦朧としている上、触れられない」
クロスはエリーを呼び、薬を渡すと同時に何か指示し、エリーが去るのを見てからどっかとその場に座り込んだ。
「触れられないのは痛がるからなんだ…」
項垂れていたレンがぽつりとつぶやいた。
クロスも珍しくため息をついて目を閉じた。
「でも…病院へ行けばどうにかなるんじゃないのか?」
「それが、はいそうですって話じゃないんだな…。ここらでは珍しい痛熱症という病というものな上、あそこまで重症だから治療用の薬が特殊すぎることになってる」
病名を聞いたレンがビクッとした。クロスはそれを見て何も言わなかったが、レンの様子に気がつかなかったノウェが薬について尋ねた。
「特殊って…ここにはないような材料なのか?その材料を取りに行くぐらいだったら…俺たちにもできるかもしれな…」
「…あるよ、その薬の材料は…。ここに」
薬を病人に飲ませないとと急ぐノウェの言葉をしっかりと遮ったのはレンだった。
「その病気の名前は知ってるよ。そして薬の材料も…。僕達の角が薬の材料なんだよ」
ノウェは何も言えなかった。
クロスはこのことを知っていたのだろうか、何も言わない。
逆に何も言わずに静けさが広がるのが不気味だった。
そんな不気味さを壊すように、震えてはいたがレンがしっかりと話を始めた。
「僕はドラゴンの中でも神獣クラスと言われている神族のドラゴン、レンディスと言われる種なんだよ」
「レンディス…、それって不治の病をも一瞬で浄化する力を持つって言う伝説クラスのドラゴンじゃ…」
エリナが驚いていると、苦笑気味にレンが笑いかけた。
「人の世界ではそう認識されているんだね。悲しいことに不治の病を一瞬で浄化できるほどの力はないけどね。
僕たちの持つ角は城下の力を持つ魔力の塊みたいなものだから薬には使われるみたいだね」
「でもドラゴンという生き物は簡単に角は折れないんじゃないのか?ましてや神獣だろ…。神獣と称される動物は狩ること自体、教会などから罰せられる話があった気がするけど…」
ノウェが悩むと、レンがそんなノウェに逆に質問をした。
「それじゃあ何故薬ができると思う?殺してはいけない動物がいたとして、どうしてその動物の生ける角を取ることで得られる薬が」
「密猟ね」エリナがさらに続けた。
「神獣クラスの動物は能力の高さからよく宗教関係で敬われるけれど、実際はその角とか骨、血肉や皮が薬や高級な食べ物とされて珍重されているのよ」
「そう。エリナの言うとおり。だから僕たちはここらにいない。いるとしてもこうやって化けるんだ」
僕もこうして皆の前では人の姿してるでしょと後に続けてレンは苦笑した。
「なら、それこそ宗教関係…教会とかに連絡すれば」
考えたノウェの頭にポスっと何かが乗った。クロスの手がノウェの頭の上に乗せられていた。
「ノウェ坊、それはやめとけ。余計にこいつを危険にさらすだけだぞ」
「クロス…それってどういう意味だよ。教会に連絡して密猟のことを訴えないと、それにどうしてそれがレンの危険に…」
「ノウェ坊は純粋だなー。そんな純粋さは嫌いじゃないけどねぇ俺様。でも教会の奴らは完全に信用しない方がいい。あと知らないことで安全なことも多い」
「それってどういう…」
何の事を言うのか続きが気になったノウェだったがクロスは話す気がないように手をぱっと振って話を逸らした。
「そんな話は後で後で。それより今必要な話はこれじゃないでしょーが。病人の治療をする話しないと」
「でも薬となるその…レンディスの角はめったに手に入らないものじゃないの?」
レンディスと言うところでエリナはレンの事を少し気遣ったようだ。
だが、そんな心配はいらないよと言った感じでレンは微笑み返した。
「ここでは滅多に手に入らないんじゃなかった?僕たちの仲間の生息域さえ簡単には見つからないし。普通の港町のお医者さんが常備してるとは思えないよ」
「じゃあ病人は治せないっていうのか?俺がちょっと医者まで向かって聞いてくるだけでも…」
いてもたってもいられなくなったノウェの肩をレンがそっと持った。そして近くにいるクロスにレンが話しかけた。
「クロスさん、あなたは薬を作る知識も持っているんじゃないですか?」
「んー…ないってことはないぜ。俺様完璧だから。でも…お前…」
「えぇ、皆さんにお願いしたい。僕を倒し角を取り、薬を作ってほしい」
レンの瞳孔が人と違う鋭いものへと変わった。
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