第一章-財布は何処へ-


「お前…正気か?」
ノウェ含めてその場にいた全員が驚く。
しかしレンは動じることなくにこっと笑顔で返事をする。
「病人の子は、僕の初めての人間の友達なんだ。そしてエリーの兄弟でもあって助けたい。それに病院に他のレンディスの角があったとして、
同族の他の者の角を使われることも僕には辛い。ならば僕の角を使えば問題ない」
「問題ないって…そんな軽々しく…」
ノウェが戸惑うことなく宣言するレンに何か言おうとしたが、それをレンは首を振って否定した。
「僕たちの角は簡単に折れるものじゃないよ?」
「そういう問題じゃなくてだな…」
「じゃあどういう問題?」
物怖じをしないレンの様子に押されるノウェ。
ノウェはどう説明すればいいんだろうかと頭に手をやっていると、クロスがよっこらせと呟きながら愛用の楽器のギターを手に取り始めた。
「時間も推していることだし、俺様が全部やろうかい?」
「お願いできるかな、なるべく僕も反撃しないよう堪えるつもりだけど、無理だったらごめんね」
レンがクロスに今からのことを話し始める。
ノウェはその様子を見てさらに苛立ってきた。
エリナは、ノウェの様子を見ていることもあってレン達の話に完全に乗れないようだ。
ちらりとレン達を見るとノウェに寄っていく。
「ねぇ、どうしてそんなに悩むの?たしかにレンの角を折るって抵抗あることかもしれないけど、別に少し折るだけでしょ、別に…」
「お前はそんなの許していいのか?」
「え…?」
「神獣と敬われるぐらいのドラゴンだから別例もあるかもしれないけど、
ドラゴンという生き物は角1本失くすことで死ぬかもしれないって文献で読んだことがある…。
それに病気名を知ったときのあいつのあの顔、どう見ても角を折ることに何か大きな後悔がある。
それなのに、簡単に決めていいのか?」
「じゃあ、ノウェは病人を見捨てろっていうの?」
「そうは言ってないだろ」
「でもノウェの言ってる事はそうだよ?他の方法を出すわけでもないし。
レンは病人を想って決めた。それならレンの願う通りのことをするしかないんじゃないの?」
「…くっ」
きつく言い放つノウェに向かって、エリナは冷静に尋ねる。
ノウェは反論できず、ただ下を向いた。
いつからかその様子を見ていたレンはノウェの方を向いていた。
静かに、でも強い声ではっきりとノウェに語りかけ始めた。
「ノウェ、君は優しいね。僕は君たちの大事なお財布を盗った悪いドラゴンなんだよ?それなのに君はそんな悪い奴にも優しい」
「そんなことはない…。俺は何も考えずに、ただ駄目って言ってるだけだ」
「僕の命のこと気にしてくれたじゃないか。何も考えてないことないよ。あと、こんなに心配掛けてからいうのもなんだけど角の一部を失った所で命に別条ないんだ、僕。
だから大丈夫。気にしないで。それより僕が我を忘れたときに押さえられる人間となってほしい」
レンはノウェの手をそっと持ち、猫のような鋭い瞳孔で、不安そうに立つノウェをじっと見た。
ノウェはその瞳の純粋さが消えるんじゃないかと恐れ、初めは目を逸らしていたが、まったく動じない相手に申し訳ない気持ちになったのか、ふと目を向けた。
「……わかった。死なないって言ったんだから……死ぬなよ」
「もちろんだよ」
にこっとレンは笑顔で答え、それからすっと後ろに下がった。
「ここは少し狭いし、エリーに心配かけたくないからちょっと広い所へ案内するよ」



案内された場所は所々に光が差し込むほどの広い空間だった。
空間なだけでとくに何もなく、強いていうならボロボロに捨てられた昔の工具などが落ちているぐらいだった。
「ここなら、存分に暴れても大丈夫だと思うよ」
レンが両手を広げて軽やかにくるくると回って、3人を見る。
クロスはへぃへぃと半ば面倒くさそうに片手を上げてギターを軽くならすと魔法陣を展開させる。
レンディスの気配を隠す魔法と、周りへの物理ダメージを軽減させる魔法を発動させたのだった。
「これで、存分に暴れまくって大丈夫だぜ。俺様の魔法は超完璧だから」
「暴れるって、たかが角1本欠けさせる程度でしょー」
エリナが軽く言うと、「ななっ!」とクロスがオーバーリアクションで驚きを見せた。
「エリナちゃーん、それは甘いぜ?俺様達が暴れるというよりあいつが暴れる方が問題なんだぜ?」
「え?そうなの?」
逆にエリナが驚く番に変わったが、驚いたのはエリナだけではなく、ノウェもだったようだ…。
大人しくするんじゃなかったのかよ…と呟く声が遠くにいるレンにも聞こえたようだ。
「僕は大人しくするつもりだよー。でも本能的に攻撃を加えるかもしれないのは事実。だから暴れるとしたら僕の方だよー。だから気をつけてねー」
それから、始めるよーと軽く明るい声で言うと、一気にその姿を強大で巨大な姿へと変えた。
真珠のような純白の体、絹のような滑らかな表皮、大きな1対の翼、透き通る角は大海を思わせる青色。
神獣にして神族のドラゴン、レンディスとしてのレンの本来の姿が、3人の目の前に現れた。
あまりの美しさに初めて出会ったときと同じく見とれていると、レンはすっとお辞儀をするように頭を下げ、角を折られやすい体制を取った。
「ノウェ。私は魔法を唱えるのに時間がかかるわ。それまでの間、剣で攻撃して」
エリナが魔法力を高めるためにメイスを両手に持つと、早速炎の魔法を詠唱し始めた。
「剣で攻撃しろって言われても、あれに刃が通るのか…?」
目の前に見えるのは、鉱石と言われてもおかしくないぐらいに鋭く頑丈そうな角。
しぶしぶながらも腰にかけている剣を右手に持ち、レンの近くへと向かおうとするとクロスが待ったをかけた。
「なんだよ、クロス」
「ノウェ、俺様が最初に狙いを決めるよー。手が震えてるし何よりイレギュラーなこととかあれば危ないっしょ」 だからここはお兄さんにまっかせなさーいと軽々しく言うと、クロスは眼鏡を正し、ギターを鳴らし、軽く詠唱を始めた。
「天より舞い降りしよ。刃と変わりて奔れ!…フローズンエッジ」
ここが建物内だということを忘れさせるかのように雪がクロスの周りをちらつく。
それらはクロスがレンの角の一部を指で示した瞬間、冷徹な氷の刃へと姿を変え攻撃を加えた。
キィーン!!という金属同士がぶつかり合うような音が響いた。
レンは衝撃を堪えているのか目を閉じたまま唸り声を立てているだけだったがフッと目を開けた。
そのレンの瞳の色は水のように透き通った青色から、血のような赤色に変わっていた。
「グルルルゥゥゥ!!!グオオオオオォォォオオオッ!!!!」
レンの角が一瞬光り、雪の刃とは異なる光の刃がクロスに向かって疾風のように襲いかかる。
クロスはそれを予測していたかのように襲いかかってきた光の刃をことごとく避ける。 避けられた光の刃は、壁に激突し煙を上げて消えた。
「これ…が本能的に攻撃するって事なのか…」
「それっぽいねー。ついでに言えばその時ばかりはレンちゃんも攻撃せずにいられない状態になるみたいだね」
グルルルと呻くレンの瞳の色は血の色から静かな青に戻っていた。申し訳なさそうな瞳でこちらを見ている。
ノウェが立ちすくんでいるとその横を炎の塊がレンに向かって駆けていく。
エリナが詠唱した炎の魔法だ。
巨大な猟犬の形をした炎の魔法は、クロスが攻撃を当てたレンの右角の一部を噛み砕くように襲った。
レンはそれを堪えるように地面に爪をめり込ませていたが、やはり本能がそれを許さないのか、痛みに耐えられないのか咆哮した。
それと同時に炎の猟犬は光の刃に切り裂かれ、詠唱者にも数本の刃が走った。
「エリナ!危ない!!」
ノウェがとっさにエリナを前に立ち、光の刃を剣で叩き落とした。
ただ叩き落としただけなのに衝撃で手が痺れる。
「あ…ありがとう、ノウェ」
「魔法出す時は気をつけろ、あれは必ず詠唱者を攻撃するみたいだ」
ノウェは痺れる手を振ってしびれを取ると、剣の柄を握り直した。
魔法の攻撃を加えると魔法で反撃する、ということは物理的な攻撃を加えるとどうなるのだろうかという疑問が浮かんだのだ。
次の詠唱を出すためか詠唱を始めたクロスの横にすっと立つとノウェは剣を構えた。
それを見てクロスが詠唱を途切れさせる。
「え…ちょ…ノウェ?何する気?」
「剣でためしてみる。レン、痛いだろうけど堪えろよ!」
「ちょ…ノウェ駄目だって!!」
クロスが言うよりも早くノウェがレンの角に向けて剣を向けて疾走し始めた。
レンはノウェの言葉を聞いていたらしく、再度頭を下げ角を折られやすいように体制を整えた。
魔法とは違った鈍い音が響き、剣先が角に当たる。
レンの口元がノウェの足元にあるらしく、足元に生温かい息が苦しそうに漏れた。
「耐えろっ…!!」
ぎりぎりと剣にこめる力を強め、足が滑らないようノウェは地面を踏みこむ。
しばらくの間、1人と1頭は石像のように動かなかった。
一点に集中し、剣を角に突き立てていたノウェの脳内に声が響いた。
(ノウェ…っ!!駄目だっ!!離れ…)
「え…?な…ん…」
先に動いたのは巨大なドラゴンの方だった。右前足が崩れたと思った時だった。
角がまばゆく光り辺りを閃光で包む。
直後、ノウェの悲鳴が聞こえた。
「あああぁぁあぁああぁぁ!!!」
「ノウェ!!」
詠唱をしていたエリナとクロスは衝撃の光景を見た。
そこに、今まで以上に痛みに狂った怒れるドラゴンが1人の人間を宙に打ち上げ光の刃で串刺しにしていた。
「ギャアアアアアァアアァアアアア!!!!!!!!」
完全に真っ赤に光るレンの瞳には理性の色が消えていた。
そこにあるのはドラゴンの誇りともいえる角を折られるという恐怖と怒り。
エリナがあまりの状況の変化と恐怖に後ずさりをする。
その横を風のようにクロスが走り出す。
「ったく、だからむやみに出るなっつってるんだ!!くっそぅ-天に集いしデルファの下僕よ。裁きを与えろ!!スパークスランス!!」
ギターを鳴らさず、片手でパチンと音を鳴らすと、クロスの鳴らした手の部分から光の槍が召喚された。
それは、まっすぐレンの角に突き刺さり、角に亀裂が入った。
「グアアアァァァアアアアアアッ!!!!!」
ノウェを攻撃していたレンは痛みに怯むと同時に、攻撃対象者を変えたようだ。
赤く光る2つの目がしっかりとクロスを捕らえ、そちらに向けてノウェを攻撃したものと同じ光の刃を降らした。
それをクロスは予測していたようで、ノウェに向かって走りながら全て避ける。
倒れるノウェを軽々肩で背負うと、次の魔法を出そうとそこでギターを構えた…が。
「クロス!そこ避けて!」
「え?エリナちゃん?」
背後からエリナの声が聞こえ、クロスが横に逸れると先程エリナが出した猟犬よりも大きな狼のような大きさの炎が走り抜けた。
それは次の攻撃をけしかけようとした怒れるドラゴンの顔を直撃した。
「あちゃー…」
クロスが煙を上げて姿が見えなくなっているレンの方を向いて引きつる。
「今よ!!逃げて!!」
エリナが言うが早いかクロスはレンから距離を取るために走ったが、エリナの元へ着く前にレンを見た。
神獣と敬われるドラゴン、レンディスは疲弊はしていたが、怒りは極限に達していた。
吐く息から白い煙が垣間見られる。
瞳は赤色だったのが、さらに光り金に近い色になっている。
「ギャアアアアアアアアアアァァオオオオオオオオ!!!!!!!!」
レンディスは角の近くから魔法の紋章を召喚する。
「あちゃー、やっぱまずかったか!エリナちゃん!ノウェ頼むわ!!」
告げるとクロスはかすかに息をしているノウェを降ろし、エリナにノウェの回復を任せると、レンディスに対峙した。
ギターを両手に持つとクロスはふぅーと息を大きく吐いた。
「暴れるのレベルまで神族とか、さすが神獣さまってか。まぁそんなこと言ってらんないか。俺様もちぃーっと真面目にしようか」
ギュウゥゥゥゥーンとギターを1回鋭くかき鳴らすと、クロスは魔法を唱えた。
「天に集いしデルファの下僕!汝、我が主を守りたまえ!デヴァインウォール!」
光の壁がクロスとレンディスの間に現れ出す。
一方レンディスは紋章からクロスの出したものとは異なる光の槍を何本か召喚し、クロスたちに向けて発射させた。
全てが全て光の盾に吸収される。
「はね返せ!!」
クロスが片手を横に広げ叫ぶと同時に、光の盾からは先ほどレンディスが出したものと同じ槍が現れ、レンディスに向かって飛んだ。
それは瞬く間にレンディスに突き刺さり、レンディスは痛みに唸ると蹲った。
回復魔法をノウェに当てながらそれを見ていたエリナはクロスに怒った。
「やりすぎよ!!私たちの目的はあくまでも角だけでしょ!」
クロスはふっとエリナを見る。その瞳はいつもと違い笑っていない。
その顔を見てエリナは怖気づく、がクロスはいつもの調子に戻ったのかニッと笑いかけた。
「あー、大丈夫大丈夫。ちゃんと加減はしてるし、それよりノウェは大丈…」
言うが早いかクロスは再びレンディスの方を向き、そのまま横に吹き飛ばされた。
「ぐっ!!」
レンディスの長い尾がクロスを直撃したのだ。
怒りに狂うドラゴンは、土煙にクロスが見えなくなるのを見ると、対象を変えてエリナと倒れているノウェを見た。
エリナはとっさに回復呪文をやめ、ノウェを庇おうと防御魔法をかけ始めたが、レンディスの再びの尾の攻撃を食らい、ノウェごと吹き飛ばされた。
衝撃が全身を襲い、エリナはノウェと共に倒れる。
痛みに耐えきれずに意識が薄れていく。
ぼやけていく視界の先に誰かが立つ。
首をかすかに上げるとドラゴンに対峙するように『誰か』は立っていた。
「誰…?」と聞く前にエリナは気を失った。



エリナの前に立つのは1人の少年だった。
髪は漆黒、瞳の色は太陽が夕闇にしずむ赤紫色。
少年はただただまっすぐ、怒れるドラゴンを見つめる。
ドラゴンは怒りに我を忘れ、怒りのままに全てを壊し始める。
全てを吹き飛ばし、他に何かないのか血眼になっているドラゴンは、少年をすぐに見つけた。
己の奥に潜むこの怒りを立つ少年に向け、ドラゴンは咆哮し、弱点でもあり凶器でもある角を少年に向けた。
少年の体を串刺しにする勢いで角を向け駆けるドラゴンに向けて、少年は片手をかざし、何事か呟いた。







つんと薬品くさい匂いが鼻をつく。 ノウェはその匂いに顔をしかめながら目を覚ました。
真っ白い清潔感溢れたシーツに覆われたベッドで布団をかぶせられた状態で自分は眠っていた。
近くに座るのは見慣れた男。こちらが目を覚ましたのを見るとニィーと笑顔を見せた。
「おはよー、ノウェ」
「…ん……、おはよう、クロス。ここは?あと…」
「町の病院」
続きを聞く前にクロスに場所の答えを言われ、自分の質問を遮られ少しムッとする。
「それはだいたいわかる。それより俺…またやってしまったのか…?」
目をこすりながら聞くと、クロスは「んー?うん、そだな」と軽く返事した。
クロスの返事を聞いてノウェは目を伏せる。
そんなノウェの様子を見てクロスは慌てたかのように手を振る。
「あぁ、言っとくけどみんな無事だぜ?」
「そうなのか?」
「うん、まあ俺様としてはいつもみたいに全部吹っ飛ばしてくれた方が楽ー…って冗談だよ、冗談。とにかみんな無事だぜ?」
クロスは不吉なことを言いかけたが、ノウェに睨まれてやめた。
ノウェはクロスが黙ると、そのままベッドに倒れ込んだが、すぐにまた起き上がった。
「おい、エリナとレンは?それに病人は?」
「それなら、大丈夫だぜ。あれからの事を説明するとだな、まずノウェのおかげで簡単にあいつの角が折れたんよ。 それで、折れたショックでおとなしくなったから俺様がすぐ眠らせといた。まあ本来なら魔力が角から漏れ出して死ぬ所なんだけど、 ノウェの技が特殊だったおかげかその気配がなくてな、命に別条はない。今は元気になって人の姿にはなって病人の看病をエリナちゃんとしてるさ」
「そうか…っておい、いま命に別条がって言わなかったか?」
ノウェはクロスの報告を聞いて納得しかけたが、意外なことを耳にしツッコミを入れた。
クロスは「え、言ったよ」と軽く流した。
「おい、命の別状はないってあいつ言わなかったか?嘘言ってたのかあいつ。そしてお前も!」
「それは、俺様にもわかんねーなー、はははって苦しい、苦しいですノウェー、ぐぇー」
今まで倒れていた者とは思えないぐらいの力で胸倉を掴まれてクロスは変な声を上げた。
しまいに、顔が青くなってきてそこでノウェはぱっと手を離した。
ゲホゲホ言いながらクロスは息を正して、ノウェに謝り始める。
「んー、すまんすまん。命の危険がないことはなかったんだけど、ほら、俺様がいるじゃん?一応対処法の1つや2つは知ってるからいいかなって思ってさー」
「お前なぁ…もしものことがあったらどうする気だったんだ?」
「あー、それは…まぁ考えてなかったわ。すまんすまん」
謝っているものの調子が軽いクロスにノウェは余計に苛立つ。
この男はどうしていつも軽いのだろうか。
と思っていると、クロスがでもなぁ…と続け始める。
「ノウェもノウェなんだぞ。考えずに行動したから反撃食らっただろ。俺様がいたからどうにかなったものの、それでも俺様ヒヤっとしたんだからな」
「それは…」
「ごめんなさいは?」
「…。ごめんなさい」
大人げない様子のクロスにノウェはむっとしたが、クロスの言葉を無視した自分に非があると素直に謝った。
それを見てクロスがうんうんと満足すると、話の続きを始めた。
エリナはノウェが起きる数時間前に目を覚ましたこと、病人は無事角を使った即席の薬と医者が改めて煎じた薬で峠を越したことを全て聞いたノウェは安心して再びベッドに倒れ込んだ。
その様子を見たクロスが、ノウェを見てニッと笑いかけた。
「ひとまず、病人が助かってよかったな、ノウェ」
「そうだな。全員無事でよかった…」
それまであまり笑わなかった少年は、そこで初めてあまり見せない笑顔を見せた。



30分後、ノウェがベッドから降り、立ち上がって体調の無事を確認していると、ドアがノックされた。
入ってきたのはエリナとレンだった。
「ノウェ、大丈夫?」
「うん。俺はもう平気だ。それより2人とも大丈夫なのか?」
「えぇ、私は大丈夫よ。この通りピンピンしてるわ」
エリナが元気元気と満面の笑みで返事をする反面、レンは怖じ怖じとした様子で立っていた。
扉に入る時もそうだったが、レンは何かに脅えている様子でもあった。
「どうした?レン。どこか痛むのか?」 ノウェがレンの様子を心配すると、レンはハッと顔を上げてぎこちない様子で頭を下げた。
「ごめんなさい!!」
「え?」
「堪えるって言ってたのに、痛みに耐えられず暴走して、挙句の果て君を殺しかけたんだ。謝っても謝りきれないよ」
顔を上げないレンとノウェを交互に見つめるエリナも、どこか不安そうだ。
一方、レンの背後で座ってるクロスは「ふふん」とでも言いそうな様子でレンを見てる。
その様子を見て、ノウェはすぐ勘付いた。クロスが何か言ったに違いない。
「おいレン。顔を上げろよ。俺生きてるんだしさそんな謝らなくても…。それにお前だって命がけだったんだ、お互い様だろ?」
「ノウェ…。でも僕は…君やエリナにまた嘘をついてしまったし…」
「あぁ、本当は命にかかわる話?それならあいつも同罪だから気にすんな。な、クロス!」
そこでノウェはクロスに話を振った。
いきなり話を振られると思ってなかったのかクロスは顎を載せていた腕を滑らせかけた。
「はははーそうだったかなー、あはははー」
「ほらな、気にするなよ。レン」
にっこりと笑顔でレンを見ながら、ノウェはしっかりとクロスの足を踵で踏んづけた。
クロスが痛い痛いっ!って口パクするのをノウェは無視し、エリナはそれをソッと見て見ぬふりをした。
レンはクロスが痛がっている様子に気付かなかったらしく、ノウェが笑顔になっていたことや皆が朗らか(レンにはそう見えた)な様子に笑顔になった。
「ありがとう、皆さん」
微笑みかける彼の姿は人間なのに最初会った時とどこか違う部分が見受けられる。どことなく人外の雰囲気が漂っている。
角をなくしたことによる魔力の減少という影響なのかもしれない。
ノウェはその件に関しては、黙ったままでいようとしたが、レンが思っていることを察したのか話しかけた。
「魔力が減少したから、目とか龍の瞳になってるけど気にしないで。大丈夫」
「それはいいけど、よく医者に怪しまれなかったな」
「クロスが言ってくれたみたいなんだ。もともと魔力の高い人だってね」
「あぁ、そうなんだ……。あ、と…ここ病院なんだよな。病人は大丈夫なのか?」
今更ながらも病人の容態を訊いた。
エリナはクロスの方を向き、まだ言ってなかったんだ。と呟いた。クロスはまぁまぁとそんなエリナを宥めた。
「君たちのおかげであの子は回復してる。さっきお医者さんが言ってたんだ」
「あの子?子供なのか?」
ノウェはそこで初めて病人が子供と言うことを知った。
するとレンはあれ?言ってなかったっけ?とキョトンとしたが、続けた。
「うん、男の子でエリーの弟なんだよ。そして僕の友達。それでね」
レンがその後をすごく嬉しそうに言った。
「その子とエリー、2人を保護してくれる人が現れたんだ。名前は教えてくれなかったけどディアトラ大陸の富豪だって」
「えっ…(それってまさか…)」
ノウェは直感的に誰がその子の里親になったか予想したが、それ以上は言及しなかった。 ただ、クロスの方をそっと見た。彼はノウェの反応を予測していたらしくニッと笑みを浮かばせて目線を逸らせた。
「たしかね…、なんでもクロスさんのお知り合いだとか…。本当に君たちには感謝してもしきれないよ」
キラキラと輝く瞳で見られたクロスは少し照れたようにそっぽを向いた。
「よせやい、俺様としてはあの子たちがあの場にいるのが気になっただけだからよ。それよりお前さんこそ、これからどうすんのさ」
クロスが別の話題に触れた。今後の話だ。
すると、レンが少し悩んだ後どうしようかな…と呟いた。
その顔には、困惑の色が見えていた。
「どこか行くところとかないのか?ないなら俺たちについていかないか?」
ノウェがそんなレンを見て尋ねた。
一方、クロスはそんなことを言うだろうなと思っていたらしい、黙って様子を見ていた。
「行くところないからね…。君たちについていっていいなら、ついていっていいかな?君たち皆旅してるんだよね」
「まぁ…そうだな。俺とクロスは同じ旅仲間で、エリナは違うけど…」
そこでノウェはエリナをちらりと見た。
エリナもそれもそうだったわねと言った風にノウェ達を見た。
「そう言えば最初言ってたね。君たちは別々の旅をしてたんだ。みんなどこへ向かっているの?」
レンがすかさず質問を続ける。ノウェは即座に答えた。
「俺達はあるものを探している。危険だと言われているものだ」
「もしかしてノウェ達ってどこかの傭兵?」
エリナが今度は聞いた。
レンは傭兵?それって何?と混乱しているようだ。どうやら彼にとっては初めて聞く単語らしい。
クロスがレンに単語の意味を教えている…。 傭兵って言うのはな、ごっつーい荒くれ者のおっさんのことだぜ?とか間違ったことを教えている。
「違う違う。傭兵っていうのは一般人じゃ危険な仕事を請け負う人のこと…。ってそんなこと話してるんじゃなくてだな…クロス余計なことを言うな!」
「えー、なんで俺様だけ!」
「お前が余計なことをレンに吹き込むからだろー!!って話逸らして悪いけど、俺達は傭兵じゃない。ただの旅人だ」
エリナに言うと、エリナが不思議そうな顔をした。
「でも危険なものを探してるって傭兵と同じだと思うんだけど?危険なものって何なの?」
首をかしげるエリナにノウェは躊躇った顔をしたが、観念したのか答えた。
「『零の輝石』。俺達はそれを探し、壊す旅に出ているんだ」
探している物の名前を言ったとたん、エリナはびっくりしたかのように驚いた。
「え?何で『零の輝石』を?いや待って。それより何て今壊すって言ったよね?何で?そんなに危険なものなの?」
「何…?」
余りに早口になる彼女の反応に戸惑うノウェにエリナの方が改めて自分が暴走して口走っていることに気がつき、落ち着いてから冷静に言った。
「あー…、あのね、落ち着いて聞いてね。私もそれ探してるの。『零の輝石』をね!」
一瞬、静けさがあった。ように感じられた。
「ちょっ……それって?」
たじろぐノウェを制してクロスがいつも以上に明るいテンションでエリナに告げる。
「へぇ〜俺様達も探してる珍しいものをエリナちゃんも探してるなんて…! すっごい奇遇だなぁ!俺様運命を感じちゃうぜ!で、エリナちゃんはそれ探してどうするの?」
クロスは眼鏡越しの黄金色の瞳がさらに輝きを見せている。 エリナはそれに気がつくわけでもなく、さらりと目的を言う。
「ある人が探してるの。それで私はその人のために零の輝石を探しているってわけ」
「ある人って誰だ?」
エリナの問いにノウェは少し悩みながら尋ねた。
「んー、零の輝石を研究してる人…かな?私もあんまり知らないから詳しいことは何にも…」
「そう…なのか…。その研究者の国とかもわからない感じなのか?」
ノウェはエリナに次の答えを訊いたが、エリナはそれにも首を横に振った。
「よくわからないわ…。私もただ漠然と探しているだけだから…。それよりどうして国のことまで聞くの?」
今度はエリナがノウェに質問した。そのとたん、ノウェはたじろいで目を泳がせた。
「え、んー…まぁ、あれかな。もしかしたら何か情報がわかったらいいかなって感じかな」
「ふーん、そう。ま、いいわ。そんなわけだから私としては壊されたら迷惑なんだけど…零の輝石ってそんなに危ないものなの?」
エリナが不思議そうにした所で、ノウェは答えるべきか躊躇うが、クロスがそれを察したのか話題を変えた。
「危ないとかは俺様達もあんまり知らないんだよねー。ただ漠然とあれを壊せって教えてもらったぐらい。だから俺様達にもわかんないわー」
あははーと笑い飛ばすクロスに、エリナは不思議そうな顔のまま「そうなんだ…」と返事した。
それからしばし言いようのない沈黙が流れる…が、それは、ふと上がったレンの手によって破られた。
「どうした?レン」
「あぁ、あのね教室って感じの空気だったからこうすれば発言できると思って」
どこかの学校を見て覚えたのだろう、レンがぎこちない動きで手を上げたのには理由があったらしい。
レンは「言うね」と前置きを置いてから話し始めた。
「結局、皆の目的ってその『零の輝石』なんだよね?それなら目的は同じなんだし一緒に旅したらどうかな?」
「でも、俺たちとエリナの目的は全然違うぞ。俺は破壊目的だけどエリナは得ようとしている。最終目的が違うぞ」
ノウェがレンに話をもう一度説明しようかとしたが、レンはそれは大丈夫と言った風に首を横に振った。
「うん、それは話を聞いてわかってる。でも途中経過までは一緒だよ?それまでに話し合いをすればどっちにするか決められるんじゃないかな。」
「それに…」とレンは続けた。
「僕は、みんなと旅がしたいな」
レンの一言にその場にいた全員がきょとんとした。
ノウェはエリナを見た。エリナもノウェを見てきた。
今度はクロスを見た。クロスは苦笑気味にノウェに自分の全権を投げたようだ。
「やれやれ、確かにレンの言う通りかもな、エリナ。エリナがよければ俺たちと旅をしないか?」
エリナもそのつもりだったのか、片手を上げて苦笑した。
「えぇ、そうね。実のところ、私1人で旅してて少し寂しかったのも本音だし、途中まで。見つけるところまでは一緒に旅しましょうか」
それを聞いてノウェはホッとした。拒絶されないことが少なからず嬉しかった。
「クロスはいいか?」
ノウェは、従来の旅仲間に尋ねたが、それは必要なかったようだ。
クロスはいいに決まってるでしょー!と喜び始めた。
どうやら、彼の喜び様はエリナが旅についてくると言った時点で出ていたようだ。
レンはいきなりサクサク決まっていく周りの様子に落ち着かない様子だったが、ノウェの差し出す手に驚いてノウェを見た。
「俺たちと旅についてきてくれないか?もちろん、嫌になったらどこへなりとも行って構わない。嫌なら断ってくれてもいい」
その手をレンはじっと見つめた。
思い出すのは嵐のあの日。あの時と同じ手だ。
大きさは違えど同じ意味の手だろう…と悟ったレンは、新たな風の匂いを感じ、笑顔でその手を取った。
「もちろん、僕は君たちの旅についていくよ。よろしく」

旅は続く

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第一章:終     

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