第1章-新顔-

1台の大型トラックが去った。
年は20代半ばと言ったところだろうか…、男がトラックを見送ると家へと入る。
中は、家具こそは綺麗に鎮座しているものの、他に乱雑な段ボール箱が転がっている。
そう…、男はここ青月市へ引っ越してきたのだった。
男が中の現状を見て、どこから片づけようかと思っていると、部屋の奥から微かに「にゃーん」と鳴き声が聞こえた。
「あぁっ、ちょっと待ってろー」
男は慌てて鳴き声の主のもとへ走る。
そこには、ペット用のバスケットが1つ。足音を聞くと不安が減ったのか、鳴き声が小さくなる。
男がそっと開けると、少々不安そうな顔をしたアビシニアン種の猫がそっと扉から出てきた。
「ごめんな、アルバ。長い間狭くて辛かったろう?」
アルバと呼ばれた猫は、男の声に応えるように軽くにゃーんと鳴き、辺りを見渡した。


知らない匂い


知らない場所


たくさん転がる大きな箱


アルバは物珍しげに段ボールの匂いを嗅いだりしていた。
が、男の温かな手がこちらの首を撫でてきたので、嗅ぐのをやめ、男の手のぬくもりに身をゆだねた。
ここに来るまで、ずっと真っ暗な空間で激しく揺らされていたアルバにとって、いつも一緒にいる男の手は心地いいものだった。
「グルル…グルグル…」
目を細め、喉を鳴らしていると男が優しく撫でてくる手の動きを止めた。
「?」
何故やめる?とキョトンとしたような、それでいて少々不満げなアルバを見て、男は苦笑しながら段ボール箱を開け、台所へ行った。
台所で聞き覚えのある蓋の音と、好きな匂いを感じ取り、アルバの耳はピンと立った。
男はすぐに戻ってきた。手には見覚えのある入れ物を携えていた。
「すまんすまん、お前、腹減ってるだろ?ちょっと片づけしないといけないし、しばらくこっちで食べててくれよ」
入れ物の中には大好きな猫缶が入っていた。
それも、アルバの特別大好物なシラス入り猫缶だ。
アルバは男が入れ物を置くのを待ちきれないとばかりに、男にすり寄っていく。
床に置かれ、合図を待ってから、アルバは大好きな猫缶のツナを頬張る。
色々あったが、今日はいい日だ。
アルバは今日一日の疲れや、今後の不安を少なからず解消したようだ。


それから数時間後、腹を満たしたアルバは、引越の片付けを終えて疲れ、ベッドに倒れ込むように寝た男のそばで休息を取った。
普段なら外へ出る時間帯なのだが、男が珍しくアルバを外に出してくれなかったのだ。その上、首輪に紐さえつけてきた。
どうやら、「場馴れしてからじゃないと道に迷う」らしい。
男が「だから、我慢してくれよ」と寝る前に呟いた。
アルバは初めての場所にこそ興味はあったが、男が好物の猫缶を出してくれたことに免じて夜の外出をやめた。


月はまだ中途半端な満ち欠けだ。


猫の恒例行事、宵の集いにはまだ猶予はある。
アルバはそのまま、男の緩やかな呼吸の動きに身を委ね、そっと目を閉じた。

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