第三章-忘れられし神話-
朝食は驚くほど豪華だった。
パンにサラダにハムにチーズと、とても町はずれの宿が出す量と思えないぐらいの量だった。
どうやら、昨日の礼も兼ねているらしい。
「こんなに…たくさん…」
ノウェが驚いていると老夫人がニコニコしながら暖かいスープをもってきた。
「魔物を退治してくれたとかで…本当に助かりましたのよ。これはささやかなお礼です」
そして目の前にスープ鍋がごとりと置かれる。
それぞれのスープ皿に移すのはこの宿の主人だ。老婦人と同じく穏やかなほほ笑みを浮かべてよそっていく。
「あなた達のおかげで、わしらも安心して遠くの町まで買い物へいける。本当にありがとう」
その心からの歓迎にノウェは心が恥ずかしくなりながらも、そのお礼をちゃんと受け取るようにスープを両手で受け取る。
少し遅れてやってきた3人もノウェと同じように驚きながらも、それぞれに礼を言い朝食を取り始めた。

朝食を終えたのち、ノウェ達は今後の予定を考える。
「結局、炎魔法の使い手という情報から太陽神殿にいったけど、何も手がかりは掴めなかったな」
「そうね、どっちかというと太陽神殿よりもそれに相反する闇の神殿で変なモンスターにあったぐらいだし…」
思い出すのは、肉の塊のような人の形をしたモンスター。
ありとあらゆる魔法を吸収するという厄介な敵だ。
ノウェの剣技を含め、全員で工夫をして倒したからよかったものの、なかなかの手強い敵だった。
「この辺で悪さしてた闇の魔物達はあのモンスターから逃げるために出てきたのかもしれないね」
レンが少し悲しげな様子で呟いた。
「そうだな。で、今後の話だけど、もう一度太陽神殿へ行って何か手掛かりないか見て、それからどこか次の町へ行くとかしないか?」
ノウェが提案してみる。
しかし、それをクロスがあっさりと断った。
「いや、このまま次の町へ行こうノウェ。太陽神殿はざっと見た限りでも跡地で何もなかった」
いつもならノウェの提案にほいほいついていきそうなクロスが逆の事を言っていることにクロス以外の全員が驚いた。
「でも、私たち太陽神殿はそこまでちゃんと見てなかったよ?もう一度行ってみても…」
そんなエリナの言葉でさえも、クロスは首を横に振った。
「もう行かなくてもいい。あそこには今は何もない」
クロスは断固として太陽神殿へ行く気はないようだ。
そんな彼の様子に、ノウェも少し驚きを隠せない様子ではあったが、逆にそこまでいうなら…と考えを改めた。
「それなら、次の町へ向かうとするか。どこへ行く?」
「えぇ!?次のとこ行くの?私達、まだ何も零の輝石のこと知らな…」
「あそこには零の輝石に関わるものはない!!!」
エリナの驚きの問いを遮るほどのクロスの怒号が響き、エリナはそれに思わず怯んだ。
その様子を見てクロスは我に返り、珍しく目を伏せた。
ノウェは一部始終を静かに見、レンは口元に手をやってあわわとたじろいでいる。
「あー…、すまない。ちょっと俺様、らしくなく熱くなってしまった」
クロスがしどろもどろになるのを見てノウェが静かに息を吐いた。
「ったく、らしくないなクロス。今朝方見てきて輝石に関する事がなかったって言えば済むのに…」
軽くクロスの肩をトンッと叩き、席を立つ。
その様子にクロスが軽く目を見開くが、他の二人にはクロスの様子は見えなかったようだ。
ノウェはそういうわけだから…と話を続けた。
「俺はここを出発して、グランドウェイルへ行く。
途中にケアノスという町があるから補給がてら寄る事になると思う」
「うわぁ!2つも町に行けるの!?楽しみだなぁ!!」
ノウェの言葉を聞いて目を輝かせたのはレンだ。どうやら彼はいろんな町を見て回りたかったようだ。
その嬉しがる様子を見てエリナは軽くため息をついて同行に同意した。
「旅の予定、そこまで決めているならいいわ。そのルートで進みましょう」


旅支度をするため、ノウェたちはそれぞれの部屋に戻った。
靴紐を締めているノウェに、鞄に荷物を積みながらクロスが尋ねた。
「なぁ、ノウェ。さっきの話だが…」
「ん?旅先の話?」
ノウェは上手く紐が括ることができたことに満足したように見る。
「いや、エリナに対しての話だ。輝石の話なんて俺様話して…」
「うん、お前は何も話していないよ。だから本当は何をしていたかなんて俺は知らない。
でもお前がいつも隠す話って輝石に関わることだからな…あれでいいだろ」
クロスは手を止め、ノウェを見上げると、ノウェは深淵のような瞳で
窓の先の行く先になるであろう場所を見つめていた。
そんなノウェの様子を見てクロスは何か言おうかと口を開きかけたが、何も言わず静かに鞄に
荷を詰める作業を再開した。



宿屋を出たのは日が昇った数時間後。
海をも超えるほどの青空に白雲が眩しい。
その下に映える緑の絨毯の元を一行は次の目的地に向けて歩きだしていた。
「ねぇねぇ、ケアノスって町は何があるの?」
レンがキラキラと目を輝かせてノウェに尋ねた。
「ケアノスはローランド大陸の中で3番目に大きい町で、主要な産業は農業。
港町トレースほどの大きさではないけれど、農産物の取引場としては重要な町で…」
ノウェが坦々と説明していく内容を聞いてレンは徐々に首をかしげていく。
農業?取引場?とレンは自身がわからない単語を呟いていく。
それを見ていたクロスがあちゃーといった様子で額に手を当てると夢中になって説明していくノウェを制止させた。
「ノウェ、その説明は細かすぎてわかりにくいぜ。あのなレン。つまりは、
オレンゴの実をたくさん作ってる森の中の町ってことだ。オレンゴの実が町中いたる所になっているぜ!」
すごく大雑把な説明にノウェは空いた口が塞がらなかった。
だが、そんな雑な説明がドラゴンにはわかりやすかったのだろう。
レンは目を輝かせ、「なるほど!」と手をぽんと叩き、頷いた。
「へぇ!オレンゴがたくさんなっているのか!とてもいい香りがしそうな町だね!楽しみだなぁ!!」
嬉しそうにするレンを見てエリナがクスクス笑う。
「そっか、じゃあレンは鼻がいいから匂いで町がわかるかもね」
「軽く3km先ぐらいまでわかるからね、僕」
「さ…、3km!!」
ノウェは驚いた声をあげた。レンは嬉しそうに首を縦に振った。
「そうそう!3kmぐらいだよ!オレンゴの香りが漂ってきたらだいたい3kmだから、オレンゴの匂い求めて歩こう」
レンは嬉しそうに走り始める。
「お、おいちょっと待てよ!まだまだ先だから走ったら疲れるぞ」
走るレンの後ろをノウェは走って追いかける。
「待って!私を置いてかないでー!」
エリナもその後を追う。
そしてさらに後ろには…。
「若いなー。こういう事言うと俺様年寄りみたいな気分になるから言いたくないけど。おーい、走ってこけるなよー」
まったく急ぐ様子もなくクロスがのんびりとした様子で走る3人を見送りながら歩いた。



=============================================================================
   
第三章1話へ戻る
第三章3話へ進む