第二章-神殿跡地-
―グォォオオォゥッ!!!―
口のないその化物はどこからか叫び声のような声を響かせる。
「俺たちが見たのはそんな奴じゃない。だけど…こいつは何だ?クロス…お前わかる?」
「いや…、俺様もこんな奴は…。だがこいつっ…」
もがく魔物の力が強いのか、エスクリオの手がギリギリと動く。
その様子を見ていたクロスが叫んだ。
「鎖を解け!エスクリオ!!」
「ふん、笑わせる。見境なく我に刃向ってきたものを逃がせと…?」
「違う!お前の武器をこいつは吸収し始めている!!」
「なにっ…?…!」
エスクリオは己の放った武器がじわじわと化物の肉に吸収されていく様を見、驚きに目を見開いた。
それから、苦々しい顔をするとヒュン!と音を立て、剣を振るい、化物から鎖を解いた。
鎖にはぬめり輝く赤い液体が滴り落ちているが、それは徐々に化物へと進む。
「化物風情が…っ」
エスクリオはその動く液体の一部を足で踏みつぶした。
一方、鎖から解放された化物は、解放されたことにより再び戦闘の構えを取り始めた。
「クロス!こいつに剣戟とか効かないのか?」
ノウェは警戒のために剣を構えたものの、不安になって尋ねた。
しかし、クロスも化物から目を離さないものの、攻撃が有効かわからず首をかしげた。
「魔法とか効くのかしらね?試してみる?」
エリナがスッとメイスを前に突き出し、詠唱を始めた。
「駆け爆ぜよ!フレイムハウンド!!」
エリナ得意の炎魔法の1つ、炎の狂犬フレイムハウンドがメイスの先から放たれる。
狂犬は人の形を取った4本足の化物に炎の牙をもってして焼き裂こうとした…。
しかし、その牙が化物を焼き裂くことはなく、狂犬はそのままズブブと音を立てて吸収された。
いくら魔法で作った犬型の炎とはいえ、見た目はとてもおぞましいものである。
「えええええ!!魔法効かないじゃない!!!」
「ぼくのブレスも効かないかな…、魔物とかなら倒せるんだけど…」
様子を見ていたレンが警戒しながらも化物に歩み寄りかけたところで、クロスが「ちょいまち!」と待ったをかけた。
「何かいい案思いついた?」
レンが少しホッとしつつも自分の力を発揮できず残念そうな表情を垣間見せてクロスを仰ぎ見た。
「いや、試してみる。適当に…なっ!」
言うが早いかクロスは足元の小石を拾うなり、化物に向かって投げた。
石はダメージを与えるというものには程遠いほど情けないものではあった。
が、今までとは違い化物に当たったのち、そのまま吸収されずに地面に落ちた。
「物理攻撃だったら大丈夫っぽいな」
それからクロスはノウェの肩をポンっと叩いた。
「ノウェ!頑張れ!!」
「は?」
いきなりのことにノウェは空いた口が塞がらなかった。
「え、やだなーノウェ。『は?』だなんて」
「いや…だって!物理攻撃だと吸収しません。だから俺だけが戦うってなんかおかしくないか?」
ノウェは信じられないものを見る目でクロスを見た。
するとクロスからそれまでのふざけた雰囲気が消えた。
「あいつは魔力そのものを吸収するようだから、俺たちの攻撃は効かない。それだけだったらいいけれど、あいつに触れたらおそらく」
「我らは吸収される…か」
エスクリオが不満そうに続きを答える。
「俺のかっこいいとこ奪るなよ!」
クロスが先にいいとこを取られてエスクリオに対して怒る。しかしエスクリオはそれを気にせず続ける。
「どうでもいい、そんなこと。それより、そこの人間。魔力がないのか…?」
エスクリオはノウェを珍しいものを見るような眼で眺める。
ノウェはその視線から逃れたい気持ちになって、その気持ちを払拭するかのように剣を持ち直した。
「人間だって色々いるんだ、お前ら神様みたいに全員魔力持ちとかじゃねーよ」
その話を聞いてレンが「僕たちドラゴンも魔力持ってるけど、人間はそういうのもいるんだね」とのんびり言っている。
「まあ、ノウェそう怒るなって」
「怒ってなんかない!お前が変なことを言うから…って!!うわっ!!」
化物が先手を打ってきた。
大きく跳躍してエスクリオと傍にいた一行に向かってきた。
それぞれが左右に避ける等して攻撃を避けたが、化物はまた攻撃するために跳躍の構えを取り始めた。
「エリナちゃんと俺たちはノウェを援護で!レンはいざって時にドラゴンの姿になってもいい!奴を引きつけるんだ!」
それから…とクロスは不安そうな顔をしたノウェの頭を軽く撫でた。
「ノウェ!できる範囲でいい。無茶はしなくていいから、あいつを得意の剣技で倒すんだ」
「りょーかい!強い一撃で決めてやる!」
ノウェは剣の柄を両手でしっかりと握りしめた。
それから呼吸を整え、化物を見据えた。
「ノウェ、僕があいつの前で囮になるから、君はあいつの背後を取れたら躊躇わず攻撃して!」
横で囁いたレンはそのまま、姿勢を低くして全速力で駆けだした。
人間とは思えない速さで駆けるレンに、エリナが補助魔法をかける。
「神風の祖アエラスに仕えし精霊よ!我が示し者に汝の加護を!エアヴェイル!」
エリナの補助魔法によりレンが風の盾に覆われていく。
化物は走ってくる獲物を見つけるなり対象を定めたようだ。
レンへと向きを整えると跳躍した。
「来ると思ってたよ!はあぁっ!!!」
ちょうど化物がレンを食らおうと手を伸ばした瞬間、レンは身を軽やかに引き、口を大きく開け、ブレスを吐いた。
人の姿をしていても元はドラゴンであるため、炎の威力は凄まじい。
だが、これはあくまでも囮。
化物は一瞬怯みはしたが、そのままレンのブレスをその身に吸収し、そのまま再度レンに襲いかかった。
今度はレンが化物の攻撃を間一髪で跳躍で避ける。
ノウェはその間に、化物の背後に回りこみ、化物の動きを見ながら精神統一をした。
一撃で決める。
そのために、化物が確実に動きを止める瞬間に剣を振えるよう剣を構え…。
「今だ!ノウェ!!!」
クロスがノウェに向かって足が速くなる魔法をかけ、さらに合図をする。
ノウェはクロスが叫んだと同時に、地面を蹴る。
クロスの魔法のおかげで足に翼が生えたかのように軽い。
そのまま大地を駆け、素早く化物の真後ろまで詰め寄ると一気に跳躍した。
「うっおおおおあああああ!!!!」
狙うは化物の頭部。
そのまま切っ先は化物の頭に…の寸前で化物がしゃがんだ。
「何っ!!うわっ!!!!」
そのままノウェは体制を崩し、化物の眼前に転がっていく。
「ノウェ!!!」
クロスが言うより早く黒い影がノウェを包んだ。
暗闇の代行者エスクリオがノウェを担いで化物の爪から救った。
その後、すかさずレンのブレスが化物の視界を遮る。
「ノウェ!大丈夫?!」
エリナがレンに保護魔法をかけながらも安否を確認する。
「あ、ああ!エスクリオのおかげで助かった」
「ふん、肝心のところで貴様は詰めが甘い」
エスクリオは乱暴にノウェを床に降ろすと、鎖の付いた剣を召還した。
「あの化物、なかなか勘が鋭いようだ…。それに貴様の詰めが甘い」
「な…!なんだよ!!次は絶対っ…」
「次は我が鎖で奴の動きを一時的に止める。吸収されるから長いこと封じることはできんが、
貴様の剣が奴を裂く寸前の頃合いを見て止めてやろう」
ジャララッと漆黒の鎖がエスクリオの魔法に反応して宙を舞う。
「ありがとう、エスクリオ」
ノウェはエスクリオの横に立ち、礼を言う。
エスクリオは少し驚いたような顔をしたがすぐに化物に目を向けた。
「礼には及ばん。さっさと奴を始末するぞ」
その後、再びレンが囮役になり、エリナがレンを魔法でサポートする。
その動きと同時に、クロスはノウェに補助魔法をかけながら、今度はフィールド全体にも補助魔法をかける。
化物の動きを遅くさせるもので、魔法を糧にする化物に効くのかは別として、その場にいる味方に気力を奮い立たせる。
ノウェが化物の背後を完全に捕らえ、一瞬で化物に詰め寄る。
化物も二度も同じ手を食らうものかとノウェの方を振り返ったが、その刹那。
漆黒の鎖が化物を雁字搦めにした。エスクリオの鎖だ。
好機をノウェは逃さない。
「うおおおおおぁあああああ!!!!」
化物の額めがけて剣を突き立てた。
突き立てた先からどす黒い血がノウェを黒く染めていく。
―ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!―
耳をつんざくような金切り声を上げて、人の形をした四足歩行の化物は倒れた。
その化物の頭部辺りから、化物を仕留めたノウェがよろよろと覚束ない足取りで現れた。
「やっ…た…」
倒れるように崩れるノウェを、近くにいたクロスが支える。
ノウェから滴り落ちる化物の血がクロスの腕を汚す。
クロスはそれをちらりと見たが、すぐ視線をノウェに戻した。
「おつかれさん、ノウェ。よくやった」
「あぁ…、そうだ。みんなは無事か?」
疲れた体を鞭うつようにノウェは上体を起こすと辺りを見渡す。
レンとエリナが小走りにノウェ達の元にやってきた。
「私たちは大丈夫!レンも無事。それよりノウェ、あの一撃で倒すなんて凄い!」
「うんうん、急所だとはいえ一撃で倒せるのは凄いと思ったよ。僕も見習わないと」
目を輝かせるエリナとレンの様子を見て、ノウェは軽く笑った。
「俺一人の力じゃない。みんなのおかげでうまくいった」
和気藹藹と盛り上がる一行を見ていた暗闇の代行者エスクリオは、ふと目を緩ませ優しく笑むとそのまま影に溶け込むように消えた。
クロスはそれをちらりと見たが、何も見ていなかったかのように一行の話に入っていった。
「結局、あの化物が魔物を呼んでいたってことでオーケーだよな?」
夕日が差し込む神殿の入口まで到達したノウェが結論を出した。
「だねー。現にあれから魔物の気配が一切ない」
一番気配を察知しやすいレンが言うのだから、この場に魔物がいないのは確実だろう。
「それにしてもあの化物、何だったのかなぁ…。魔法が効かないって初めてだったしびっくりしたわ」
「まあまあ、とにかく倒せたんだし宿屋の老夫婦に話して平和になったことでも伝えようや」
そして、神殿に夜が来る。欠けた月が神殿を仄かに照らす。。
神殿跡地の中央に銀糸の髪の男が現れた。
笑みを浮かべ、男は闇の神殿へと足を運ぶ。
男は歩みを止め、屈んだ。
その先には化物の死骸。
男がそれに触れようとした時、鎖が男のいた場所を貫いた。
「今日は来客が多いな」
真っ暗闇の中から、闇色のチュニックを纏ったエスクリオが現れた。
銀糸の男は、エスクリオの登場にわざと驚くように手を竦めた。
「これはこれは…っ!暗闇の代行者様ではありませんかっ!」
「我の存在を知っているか…。貴様の用は何だ?そやつの回収ではあるまい?」
エスクリオは地面に突き刺さった鎖剣を一振りし、元の形へと戻した。
銀糸の男はエスクリオのその様子に警戒するわけでもなく、クスッと笑う。
「御名答。さすがは属性:闇を司るお方だ。そう、私の目的はこれではありません。今から利用させてもらいますがね」
「貴様、我が神殿を無断で荒らしておいて、闇夜の時にここに来るとは…。我を愚弄する気か」
エスクリオは周りにどす黒い闇のオーラを纏う。
それを見てもなお、男は動揺する素振りはおろか逆に嬉しそうな声を上げた。
「愚弄?まさか!!貴方のような者を誰が愚弄しましょう?」
男がいい終えるや否やエスクリオの鎖が男を貫く。
…ように見えただけだった。
男はエスクリオの動きを読んでいたかのように、軽々と鎖を避けた。
「ふん、なかなかに逃げ足だけは早いと見える」
エスクリオは軽く舌打ちをする。それから瞳を鋭くすると漂わせたオーラをすべて鎖に変えた。
鎖剣を振うと、オーラだった鎖は蛇のように鎌首を上げ、一気に男に襲いかかる。
今度こそ、男は四肢を鎖で雁字搦めにされた。
「我が神殿を穢した罪を貴様の血で流そう」
エスクリオは淡々と言い放ち、鎖で男の四肢を引き千切ろうとした。
しかし、それは叶わなかった。
鎖がピンと張るどころか、力なく垂れ始めた。
「何…」
それからエスクリオは鎖に何が起こったのか気付き、身を翻そうとした。
しかし、それは己の放った鎖によって阻まれた。
自身のオーラでもある鎖が、男によって吸収されていたからだった。
「貴様…っ、何が目的…だ…」
徐々に力を奪われ、膝をつくエスクリオへと男は歩み寄った。
「さすが属性の祖の力は絶大なものだ…。さすが闇の王とも称される方だ。そしてその力を全て…」
そっとエスクリオの頭に手をかざす。
エスクリオがさらに苦しみ始める。息をするのも苦しいようだ。
「くっ………ぁあああっ!!!」
「私の力として戴きましょう!」
エスクリオはそのまま地に倒れるように崩れ、姿が消えた。
代わりに男の手にはオブシディアンのような丸い珠が現れた。
「まずは一つ…。早く…君に会いたい…。奴を倒し、すべてを揃えたら君に会おう」
「だから…待っていておくれ」
そう告げると、男は手に入れたばかりの闇の力を行使し、主亡き神殿を去った。
第2章-終-
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