第二章-神殿跡地-
地下通路は地下にも関わらず、明るかった。
というのも、時折上から差し込む太陽の光が、うまく魔法松明に当たり、明るさを保っていたからだ。
さらに、辺り一面が大理石ということもあり、石を照らす明るさが神殿の荘厳さを際立たせていた。
「へぇ…魔法松明とか大理石とか、地下にあるとは思えないぐらいに明るいとはな…」
ノウェは建物の造りに感心しながら、前方を歩くクロスに遅れまいとついていく。
そのあとを同じく遅れまいとついていくレンが、慣れない言葉に首をかしげる。
「魔法…たいまつ…?」
エリナはそんなレンの様子にクスッと笑うと歩みを遅くすることはないもののレンに説明を始めた。
「レンは始めてなのかもね。あのね、魔法松明というのは、特殊な魔法陣を描いた松明のことなの。
陣を施すことで、ある特定の条件のもと延々と照らすことができる松明が完成するのよ」
「へぇ~、そんな便利なものがあるんだね」
「まあね。でも魔法陣を描くだけじゃ効果がなくて、ちゃんとある程度の魔法が使える人が書き込んだ
魔法陣じゃないとダメだったり、その人が生きてないと使えなかったりするのよ。だから…」
「こんな長い間使われてなさそうな神殿地下通路で延々使う事が出来るから、
魔法松明に太陽神が関わってたりしてたりなーって、ほい!なんか広いところ着いたっと」
意外にも話をちゃんと聞いていたクロスが、話を締めくくるとともに、4人は地下の大きな広場に辿り着いた。
壁…、橋…、それぞれ一つ一つに細やかな蔓草模様が装飾されている。
「何もないな…」
ノウェが辺りを見渡す。明かりこそチラつくもののただの広場だ。生き物の気配は自分たちだけしかない。
だが、クロスは歩みを止め後ろの3人に静止の合図を手だけで示した。
その時だった。
後ろの扉が突如ギィー…と動き、閉まった。
一番扉に近かったレンが身を翻した。
「何かいる…!?」
エリナが即座に杖を手に取り警戒態勢を取る。
ノウェも同じく警戒態勢のため、剣の柄に手を当てる。
不気味な沈黙は一瞬だった。
前後左右、4人がそれぞれに向いている方向から1頭ずつ、合計4頭の黒い獣が飛び出してきた。
「こいつらっ!!あの時の!!」
ノウェは獣の鋭い爪から身をかわし、その流れを殺さないまま剣を引き抜き振った。
剣先が獣に触れた先から赤い鮮血を迸る。
「ギャウン!?」
獣はそのまま倒れるように床に転がっていく…が、そのあと何もなかったかのように跳びあがった。
「な…に!?」
ノウェは噛みついてこようとする獣の顎を蹴り上げた。
獣はいとも容易く蹴られ、再び床に転がる。…がまた立ち上がる。
「こいつ…、痛みとか感じないのか」
ノウェの後ろで戦っているエリナが魔法を唱えた。
「劫火の炎よ、駆けよ!フレイムハウンド!!」
杖の先から黒い獣と同等、いやそれ以上の大きさの炎の犬が姿を現す。
その炎の犬は黒い獣に向かって駆け、獣の噛みつく動作をもろともせずぶつかる。
そして、獣に巻きつくようになり獣を全身をもって燃やし始める。
「キャウン!!キャン!!」
エリナと対峙していた獣はさすがに炎には弱かったようだ。
完全に巻きついた炎に囚われたまま、動かぬ塊へと変わっていった。
「ノウェ、魔法で倒せるみたいよこの魔獣!」
「あぁ、今なんとなくわかった。でも…」
ノウェはもう一度、剣を振って自分が対峙している獣に一撃をくらわせる。
その獣はひっくり返りはするものの死なない。
「物理攻撃は効かないようだ!俺の攻撃じゃ倒せない!」
と言った瞬間、獣は今まで以上の跳躍をし、ノウェの頭上に跳びあがった。
が、扉側から電撃が飛んできて獣に直撃した!
獣はそのままひっくり返るように倒れて動かなくなった。
放ったのはレンだったようだ。かっこよく手を前に突き出してポーズを取ってる。
「ね、見た見た?今の!かっこいいかなって思って凝ってみたよ!」
両手を上にあげてレンが喜ぶ。
それを見てノウェはひきつり笑いをした。さすがドラゴンだ。
3人はほっとして前を見た。
もちろん、クロスはとっくに獣を倒していたようで獣の死骸を調べていたが立ち上がった。
「出てこいよ。こいつらのご主人さんよ」
クロスの言葉が響く。
「クロス、ここに俺たち以外にだれかいるのか?」
ノウェがクロスに尋ねる。
「んー、いるね。でも出てくる気配ないみたいだから出ざるを得ない状況作るわ」
クロスはそう呟くと、魔力の放出元であるギターを構えて魔法を唱えた。
「光よ集え、今ここに汝の反意者闇夜に身を包みし者を召還せよ!!」
ギターがギュイイインと鳴り響く。
その音に呼応するかのように、今まで薄暗かった空間が明るくなった。
そしてそれは奥に位置する玉座まで続く。ことはなかった。
玉座の手前で魔法は弾かれた。
だが、玉座に座る者までは魔法は解けなかったようだ。
玉座の手すりに肩肘をつき、気だるそうにしている者が一人、そこに鎮座していた。
ボロボロの布を纏い、一見すると浮浪者のように見える者が玉座に座るその光景は滑稽なものであった。
「お前、誰だ!」
ノウェが玉座の者に問う。
しかし玉座の者はノウェを一瞥だけすると、不満げに鼻をならした。
「ふん、我が神殿に足を踏み込む輩がいるから見てみれば…、こんな小僧共とはな」
「なんだと…っ!」
小僧と言われてむっとしたノウェを制してクロスが問う。
「それより、さっきの魔物はあんたの、だよなぁ。いったいどうしてこんなことをする?」
ノウェの怒りを無視し、欠伸までしていた玉座の者はクロスの問いを聞くと欠伸を止め、問いに答えた。
「簡単なことだ。我が神域に無断で入ってくるからだ」
「さっきから我が我が言ってるけど、貴方何者なの?」
エリナは疑問にしていることを口にした。
すると、玉座の者は「はっ!」と侮蔑を含んだ笑いをして立ち上がった。
「我のことを知らぬとは…人の子の信仰も大したものではないよの」
玉座の者は立ち上がり、自身の身にまとっていたボロ布を引っ張り拭い去った。
そこには
黒いマントを身にまとった、やや筋肉質だが肌色は陶磁器のように白い男がいた。
服装は見た感じだと、太古のチュニックを思わせる服だ。
その身なりを見てノウェはまさか…と息をのんだ。
「まさか…、暗闇の代行者エスクリオ…?」
ノウェの一言に玉座の者は少し満足したのか、笑みをこぼした。
「如何にも。我は闇の力を行使する者エスクリオだ」
それから何がおかしいのかさらにクスッと笑う。
「何がおかしいんだ」
ノウェがムッとして言うのに対し、エスクリオは片手を前に掲げ笑いを止める。
「あぁ、久しく人と会ったからつい…失礼。それより…」
今までの空気が一瞬にして冷たくなった。
「我が神殿に何をしに来た?」
エスクリオの紫煙を思わせる瞳が鋭くなる。
あまりの空気の変わりようにノウェは足が竦みそうになる。
その氷のような空気を近くにいた保護者が太陽のように溶かしてくれた。
「あー、それね。なんていうかお宅のとこの魔物がこの神殿抜け出してる感じだったから調査しに来たのよ」
いつもの口調、いつもの余裕さ。
今この目の前で、闇の力を行使するという闇の神を目の前にして、この男は余裕を見せた。
だが、それは同時に新たな怖れをも抱かせた。
逆に相手への侮蔑になるのでは…?とノウェは恐れた。
相手は神なのだ。神相手にそんな口調は…と思っているとエスクリオが首を少し傾げた。
「我が使いはこの神殿から出ていないが…?」
「あぁん?それはどういう事だ?」
するとエスクリオは苛立ちを軽く見せながらも律儀に話し始めた。
「だから、我が使いは先の戦いより以前に我が神殿からは出してはいない。太陽神の神殿に何者かが出入りしている気配はあったがな」
「あれ?じゃあここは太陽神の神殿じゃないってことなの?」
レンが始めて疑問を口にした。
「ここは光と対になる闇を称えた神殿だ。少し前この神殿を作った人間たちが言っていた。我を称える神殿なぞ他にもあるが…」
エスクリオは口をつぐみ、後方へ跳躍した。
その時だ。
先ほどまで立っていたエスクリオの足元を中心に地に衝撃が走った。
「う…わあっ!?」
その場にいたノウェ、エリナ、レンの3人がいきなりの衝撃でバランスを崩しかける。
不思議なことにクロスはバランスを崩さなかったが、それまで緩めていたギターを構える手に力がこもっていた。
「汝らが言っていた魔物とはこいつのことか?」
エスクリオは何語か呟き、手を空にかざす。その手の先から、漆黒の剣を召還した。不思議なことにその剣には鎖が付いている。
その剣の柄を持ち、エスクリオが空を切る。
鎖が闇に溶けるように消え、その刹那。
どこからともなく巨大な生物が漆黒の鎖に絡まった状態で現れた。
その生物を見て、ノウェは吐きそうになった。
一見すると大男のようなのだが、色がどす黒い赤色で肉から血のような黒い液体が滴っている。
そして、顔がないのだ。
目も、鼻も口もない。
そんな生き物が目の前でもがいていたのだ。
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前
そのうち