第二章-神殿跡地-
その後も、ときどき現れるモンスターを退治しながら、一行は神殿跡地まで歩き続けた。
神殿跡地の入り口に辿りついたのは、神殿の象徴である太陽が、その姿を海に沈めるころだった。
明るい夕闇が広がりゆく中、断崖を打つ波の音が静かに響く。
断崖上の柱の近くでひとまず休憩をとっていたノウェがあたりを見渡す。
あたりは草原が多く、神殿入り口付近こそ整備されているものの町らしい町はない。
強いていうなら、整備している人間が住んでいるらしい民家らしきものが数軒、片手で数えられる程度あるぐらいだ。
窓から明かりが漏れているあたり、人が住んでいるらしいことがわかる。
「思っていた以上に何もないな…」
「そりゃあ跡地であって今は神殿ではなくなってるからなー」
クロスがへっへっへと笑いながらそれに答える。
「一応、近くに民家がある。旅人を泊める宿もやってるだろうし、今日中に調べるのは諦めて明朝から調べる方がいいんでない?」
「私もその方がいいと思うわ。明かりがない廃墟って何があるかわからないもの」
夜の涼しくなった風に髪を靡かせながらエリナがクロスの意見に賛同する。
「明かりがないなら僕が照らしてあげられるよ?」
本日の収穫をたくさん持っているレンが笑顔で3人の元へ近寄る。
「本当か、レン」
「もちろん。夜目が利くし、君たちが見えないなら僕の魔法で辺りを照らすぐらいはできる」
自信を持って言うレンにノウェが驚いていると、クロスが少し困ったような苦笑い的な笑みで割って入ってきた。
「あー、レンくーん?気持ちは凄く有難いんだがー…そのあれだ。俺様は大丈夫なんだがみんな疲れてるだろうから、今日は休もうぜ」
「俺はまだ平…」
「ノウェー。無茶はしないって約束だろー。それにエリナちゃんの様子を見ろぃ」
クロスに言われて、そこでノウェはハッと気付く。
そしてエリナを見ると、見られたエリナは慌てたかのように立ち上がった。
「あ…わ!私は大丈夫よ。ちょっと疲れてただけだし!みんなが行く気なら一緒についていくわ」
しかし、そんな言葉とは裏腹に、よく見ればエリナの表情にどこかしら疲れた様子が垣間見られる。
「たしかに、今日は結構歩いたもんな。ごめん、じゃあ今日はこの辺で泊めてもらえる所探すことにするか。レン、ありがとな」
「ううん、僕は構わないよ。それよりエリナ、大丈夫?ごめんね、気付かなくて…」
レンはそっとエリナを気遣う。そんなレンをエリナは弱々しい笑みで返す。
「私こそ、みんなに気を遣わせてしまったみたいでごめんね」
話が決まったところで、クロスが大きく伸びをした。
もともと身長が高いこともあって、さらに大きく見える。
「話は決まりだな。じゃあ俺様がちょっくら聞きにいってくるわな」
のんびりした様子で歩きかけたクロスだったが、途中でクルッと後ろを振り返った。
「そ、れ、と…。レンー、手に持ってるそれ今のうちに食っとけ。さすがに一般人に見られちゃマズイからな」
「あぁ…。そうだった!」
両手に持つそれらを掲げて見まわすと、レンはえへへとノウェとエリナに笑いながらうろうろと歩き始めた。
「近くに、人の気配は君たちぐらいしかないけど、一応見られたらまずいから…。ちょっと隠れるね」
そう言うと、すぐに見つけたらしく巨大な岩ひとつ分ぐらいの深さのある茂みの中へと入っていった。
一瞬だけ、仄かに白く茂みが明るくなる。
しばらくするとその茂みから、獣らしき生き物が肉を貪る音が静かに聞こえ始めた。
ノウェとエリナの二人が、古くなった柱に残される。
エリナは再び柱の近くにしゃがみ、暗くなっていく西の空を眺め始めた。
さざ波の音が響く神殿の先をノウェは眺めた。
「ノウェは、今日中に神殿に行きたかった?」
エリナが海を眺めたままの状態で呟くように尋ねた。
いきなり質問されると思っていなかったノウェは驚いてエリナを見た。
エリナは暗くなっていく空と並行して暗くなる海を眺めていた。
その横顔が穏やかで、ノウェはしばしエリナの顔を見とれていた。ふと横顔がこちらを向いた。
「あ…、えっと…」
「どうしたの?」
顔が自然と熱くなるのを感じながら、ノウェは辺りが暗くなっていることに感謝した。
「今日中に行きたくなかったっていうと嘘になるかな。一日でも早く輝石を壊すべきだと思ってるし」
突如、風がゴォッと強く吹き、2人の間を吹き抜ける。草原の葉が何枚か、風に連れ去られていく。
ノウェはそれを見送った後、もう一度、先よりも強い声で告げる。
「俺は、一刻も早く零の輝石を見つけて、破壊したい」
「どうして…」
エリナが続きを聞こうとしたときだった。
「おーいー、泊めてもらえるってよー」
クロスが遠くから手をぶんぶん振りながらやってきた。
「こういうときの交渉術は凄いな、クロスは。レンは食事を終えたか?」
茂みに向かって尋ねると、グルルという鳴き声とともに言葉が響く。
(ん、もうちょっとで食べ終わる。急ぐね)
「急がなくても大丈夫。多少は融通聞くだろうし。それより急いで食べて喉を詰まらせるなよ」
(ふふっ、気を使ってくれてありがとう)
声が響いただけだったものの、少し体も揺れたらしく茂みがガサガサと鳴った。
その茂みを見ながらこちらに戻ってきたクロスは片手にカンテラを持っていた。
「思ったよりうまく交渉が済んでしまってな。あとこれは家の主が貸してくれたんだ」
ちょっと離れたところに仲間がいるって言ったら渡してくれてなーとクロスはヘヘッと笑いかけた。
「ずいぶん親切な家の人だな。まだ明るいっていうのに」
「そう不審に思いなさんな。それより、エリナちゃん疲れたろ?ん?」
クロスはエリナの顔を見て首をかしげた。
「どうしたの?エリナちゃん。なんか怒ってる?」
「怒ってないわ」
つんとそっぽを向いたエリナを見て、クロスはますます首をかしげる。
それからノウェを見て、ノウェも首をかしげているのを見てからニィーッと笑った。
「あー、もしかしてノウェが変なことを言ったとか?」
「俺?何も言ってねーよ」
「うそー?じゃあなんであんなにツンとしちゃってるのエリナちゃん。 あ、もしかして部屋のこと?大丈夫。ちゃんと2部屋借りれたから」
俺様完璧!と決めポーズまでしたクロスにノウェは呆れた、がエリナはそれを見てクスッと笑った。
「変なの!聞きたいことあったけど、…まぁいいわ。クロス、ありがと!」
「ん、何かわからないけど解決したならいいな」
言っている間にも、茂みが一瞬輝き、もそもそと人の姿に戻ったレンが出てきた。
「お待たせ。なるべく返り血を浴びないように気をつけたんだけど…臭わないかな?」
レンは服の埃を払うようなしぐさをした後、自分でも鼻をクンクンと嗅いだ。
どうやらレン自身は気をつけていたようだ。
「俺達にはまったくわからないから大丈夫さ」
「そう?それならよかった」
「ははっ、レンは心配性だなー。じゃあ、みんな揃ったし俺様についてきなー」
こうして、一行はクロスを先頭に宿を経営している民家へと足を運んだ。


民家は、柔らかい光が窓から零れる家だった。
「お邪魔しまーす。さっき言ってた者でーす」
クロスが扉をノックすると、扉が緩やかに開いた。
「あぁ、先ほどの方ですね。今日はお疲れでしょう。どうぞ。狭い所ですがゆっくりおくつろぎ下さい」
出てきたのは年配の男性だった。穏やかな瞳で4人を迎え入れる。
中には、その人の奥さんらしき女性が忙しそうに皿を運んでいる。
「まぁまぁ、お話通りお若い子たちばかりだったのね。今日は疲れたでしょう。今すぐ夕食を用意しますね」
その後も忙しく動く奥さんを見ると、旦那さんは苦笑した。
「手間取ってすみません。なにぶん久しぶりのお客さんだったもので…。なんなら今すぐ部屋だけでも案内しますね」
「ありがとうございます」
鍵を手に部屋の案内をする老人に向かって、ノウェは感謝の言葉を告げた。
老人は、ノウェの言葉に優しく朗らかな笑みを返した。


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そのうち