第二章-神殿跡地-
昼食を終えた一行は、旅に必要な食糧や水、薬などを揃えると港町トレースを出た。
トレースが大陸の南側に位置することもあり、太陽神殿の跡地は近い…。
はずだった。
2時間ほど歩いているうちにエリナが休憩を申し出た。
「ちょっと休まない?いくらなんでも休憩なしでずっと歩いてたら疲れるわ」
夜になるまでに遺跡を見終えて町に戻りたいとまで考えていたノウェはエリナの申し出に対し、眉間にしわを寄せた。
「そうは言ってるけど、もうすぐで着くだろうし着いてから休憩でもいいんじゃないか?」
「えぇー、太陽神殿跡地ってそんなに近かった?たしか早くても半日かかるんじゃなかった?」
ノウェの言葉にエリナが驚き、ノウェが持っていた地図を確認するために見た。
「やっぱり、まだまだ先よ私たち」
今度はノウェが驚く番だった。思っていたよりも進んでいない…だと…?
「ウソだろ…、俺たち今ここぐらい歩いているだろ」
ノウェの指差した地点をエリナは見ると、横に首を振り、ノウェの指をそっと持つと、自分たちのいる場所を再度示させた。
「私たちがいるところはここ。ほら、ここからだとあの山の形とかあうでしょ」
「う…」
ノウェは思わず、自分の地図の見方が誤っていたことに気がつく。
それをあくびしながら様子見しているのは、一番最初に根を上げそうなものなのに平気な顔をしているクロスだった。
そんなクロスにノウェが確かめのために尋ねる。
「なぁっ、クロス。今俺たちが進んでいるところってさ…」
「まぁ!私の言うことが信じられないの?」
エリナが少しふくれた。ノウェは咄嗟に弁解を始める。
「そうじゃないけどさ、確認するなら第3者がいたほうが…」
「ふーん、それなら貴方と旅の長いクロスよりレンのほうがいいんじゃない?」
「え?僕のこと呼んだ?」
レンがヒョコっと話に割りかけ始めた時だった。
クロスが「はいはーい!」と手を一度鳴らして騒ぎを鎮めた。
「旅して早々騒ぐのはいいけど、収拾つかない状態になーらーなーい。
それで、地図の話するけどノウェ。エリナちゃんの言うとおり、まだまだ神殿は先だぜ」
「えー、たしか半日もあれば余裕ってイー…」
「それはあれだ。馬車で出かけたらって話だろう。残念!」
ノウェの話を途中で遮ってクロスは近くの木陰を探し、どっかと座った。
「エリナちゃーん、レンー、ノウェー、ここで休もうぜー」
手をぶんぶんと振るクロスにレンは素直に「はーい」と向かっていく。
エリナは休憩できる嬉しさに笑みをこぼしたが、横でノウェが地図を見ながらもしょげているのを見ると
地図を持っていないほうの手を引っ張った。
「地図見ながら休憩できるし、いきましょっ!」
「あ…、あぁ、そうだな!」

それから数十分ほど各自水分補給や体力回復の休憩を取る。
ノウェは木陰の中に入ってからも座ったまま地図とにらめっこを続けていた。
その時、不意に軽い衝撃が頭にのしかかってきた。
「ッ!?」
「ノウェー、そんなに地図を見てたら地図に穴が空いてしまうかもしれないぜ」
衝撃はクロスが持っていた水筒のようだった。クロスはそれをノウェに近づけた。
「サンキュー」
ノウェは素直にそれを受け取ると、水を飲み始めた。
地図に夢中になっていて気がつかなかったが、かなり喉が渇いていたようだ。
喉に沁み渡る水がとても心地いい。
ノウェが手放した地図を今度はクロスが見始める。と同時にその地図をクロスが手に取った。
「ここから先は結構迷いやすい地帯だから、俺様が案内するよ」
「あ、クロスそれは俺がするって話で…」
ノウェは咄嗟に地図を取り戻そうと手を伸ばすが、クロスに頭を押さえられ、阻止された。
「いーのいーの。ノウェを信用していないわけじゃなくて、こっから先の道が危ない感じなだけだから」
地図を見ながら、そして空いた手でノウェを押さえながらクロスがあっさりとした様子でいると近くをうろうろしていたレンが戻ってきた。
「二人とも何を楽しそうに遊んでいるの?」
「これが遊んでいるように見えるのか、レン」
「ん?違うの?」
押さえつけられる手から逃れ、呆れるノウェの言葉にレンは首をかしげた。
「今のは遊んでたんじゃなくて、茶化されていたって感じだな…」
「へぇー、楽しそうだね!」
にこにこと答えるレンの純粋さにノウェは、ははっ…と力なく笑い座り込んだ。

クロスが先頭を歩くことが決まり、一行は休憩を終え再び歩き始めた。
青い空に浮かぶ白い雲、周りは黄色く輝く草木が腰高くまで背を伸ばす。
その間を黙々と歩き続けていたが、不意にクロスが立ち止った。
それに気がつかず、周りの風景を眺めながら歩いていたノウェはクロスの背にぶつかった。
「いてぇっ…!急に立ち止ま…」
言うが否や、エリナが口元に指を当ててシッと言って空いている手にメイスを持ち出した。
あまりのことにノウェはしばし呆けたが、ハッと我に返ってレンを見た。
レンはこちらをちらりと見てにっこりほほ笑んだが、それは一瞬のことで、すぐに前方を見た。
その瞳は、完全にドラゴンのような鋭いものへと変わっていた。
クロスはしばらく前を見たまま止まっていたが、やがて口を開いた。
「ったぁーく、こういう勘だけは俺様外れないんだからー」
言うが早いか、クロスの立ち止っていた場所から数メートルもしない場所から、巨大なゴキブリに似た虫モンスターが飛び出した。
「うっわ!」
いきなりのモンスター登場に攻撃態勢が完全に整っていないノウェは怯みかけた。
そんなノウェの隙をついて、虫モンスターは飛びかかってきたが、間をレンが割って入り、虫を殴った。
ギチギチギチギチッ!?
虫はそのまま勢いよくひっくり返り、起き上がれずバタバタともがいた。
「う…気持ち悪い…」
エリナが顔を青くして、心底からいやなものを見てしまったというような顔をした。
それもそのはず、目の前には1mを超えるであろうゴキブリモンスターが音を立てて転がっているのだから。
「うーん、見るに堪えないならしばらく目を閉じて置くのおすすめかもー」
とクロスは呑気に言いながら、背負っていたギターを手に持ち始めた。
虫モンスターはしばらくカタカタもがいていたが、翅をばたつかせ態勢を整えた。
が、それと同時にクロスがギター音を鳴らした。
いつもの激しい音に何か混ぜたような奇妙な機械音が響いた。
ギギッ?
虫モンスターは一瞬動きを止めた。地味に動くのはやたらと長い触角のみだった。
しばらくクロスはギターを鳴らし続けた。
虫モンスターはしばらく動きを止めたまま動かなかったが、クロスの奏でる音が一度止むと、急に翅を広げた。
ギギッギッギッギギーッ!!
虫は叫ぶように一度鳴くと、一行に向かって飛び始めた。
その飛ぶ姿のグロテクスさにエリナが悲鳴を上げ、メイスを大きく掲げた。
「いやー!!!こっちこないで!!!」
メイスにボッという音を立てて、炎が宿ったが、虫はそれを気にすることなくブーンと飛んでくる。
そのまま虫は一行を通り過ぎて空高く飛んでいった。
「え…?」
事の展開にノウェが間抜けな声を出した。
「あれ?行っちゃった…?」
エリナが目をつぶって振り上げたメイスを下ろしかけた。
と、同時に周囲からものすごい数の羽音が聞こえ、おびただしい数のモンスターが飛び始めた。
それはまるで、周りから土が飛び出してくるかの如く、黒い影が大量に空を飛ぶ様に
エリナはクロスの忠告を聞かなかったことを後悔した。
レンに助けられたノウェも剣を手に持ったまま顔をひきつらせてその光景を見ていた。
「何だったんだ…あれ…」
「ビートブビートの群れだな、あれは。産卵期になったらここに来る、実はあんまりお目にかかれない虫モンスターだな」
ヒューッと口笛を鳴らして、クロスが虫たちの群れを見た。
「二度とお目にかかりたくない奴らだったけどな」
ノウェが呟くと、それを聞いていたらしいエリナがうんうんと早く首を縦に振った。
「それより、あいつらより危険なのがいるような気がしたんだけどなー」
クロスが不吉なことをいう。
それに相槌を打つのはレンだった。
「いきなり出てきたから条件反射で殴ってしまったけど、僕もまだ警戒したほうがいいと思う」
指を鳴らすレンの言葉にノウェは改めて剣を握りしめて警戒をした。
エリナは、レンの警戒の話よりも殴ったということのほうが気になったらしい。
「え?あれそういえば殴ってたわよね。もしかして素手…じゃ…」
と、ひきつり笑いをしながらメイスを握りなおした。
しばらく警戒する一行。
その動かない様子に、苛立ったのか草陰から「何か」が数匹飛び出した。
「何か」は尾が6本ある狼ほどの大きさのネズミだった。
尖った歯を剥き出しにし、今にも襲いかかってきそうな様子だ。
「デビルスマウスか」
クロスは呟くと、ギターをかき鳴らし始めた。
どうやら先の虫とは違い、魔法を詠唱しているようだ。クロスの周りに魔法の渦が生まれる。
その渦を感じ取ったのか、デビルスマウスの1匹がクロスに噛みつこうと飛びかかる。
が、それをノウェが剣で振りはらった。
ヂュウウウッ!!!と鋭い声をあげると、それはボッテリと転がり痙攣すると絶命した。
後の数匹が仲間を殺されたことで、警戒の色を強める。
飛びかかることが不可能とわかった敵は、今度は魔法で攻撃をけしかけようと丸くて黒い球を召喚し始めた。
「闇魔法を使うのね、このネズミ!」
エリナは先ほどの虫モンスターの時と一転し、余裕の表情でメイスから炎弾を召喚した。
炎弾は、黒い球に向かって真っすぐ飛び、マウスの頭上で爆発した。
それと同時にクロスの唱えていた魔法が発動し、光の槍がマウスすべてを攻撃した。
デビルスマウス達は、個々に逃げたりしたがその甲斐むなしく、すべて倒された。
「全部、倒したか」
ノウェが剣を下ろすその時、レンがノウェの背後にまわり、鉄拳を繰り出した。
最後の一匹がボタリと音を立てて地面に転がった。
「危ない危ない。ノウェ、背後は僕ができる限り守るけど気をつけて」
レンがにっこりとノウェにほほ笑んだ。
「あぁ、ありがとう」
ノウェが剣を鞘にしまうと、先に武器を片づけていたエリナが長いため息をついた。
「はぁー、いったい何なのよ。虫たちといいネズミといい、ここらってそんなに危ないイメージなかったのにぃ!」
「そうだな、さっきの虫の大群は凄かったよな。なんていうか二度とお目にかかりたくない」
ノウェも先ほどの虫の大群を思い出して、軽く身震いをした。
一方、クロスは真面目な顔で、退治したばかりのデビルスマウスの死骸を見つめていた。
「どうしたんだ?クロス。いつになく真剣な顔してるけど…」
ノウェは珍しく険しい表情の相方が気になり、声をかけた。
クロスはしばらく黙っていたが、ノウェの言葉でいつものふ抜けたような声をあげた。
「んー?あぁちょっと珍しいから見てただけー」
「珍しい、というと?」
「なんていうかあれよ。ここ太陽神殿の近くっしょー。それなのにここにデビルスマウス達が多いのが気になっただけ」
「珍しいのか、それ」
ノウェが首をかしげると、近くでデビルスマウス達を両脇に抱えているレンが話に首を突っ込んできた。
「珍しいよ。だってこの子たち闇の魔獣だもの。ここは本来光属性が多い土地だからこの子たち苦手な場所なんだよ」
「へぇ…そうなんだ…」
「そういうわけ。だから俺様もちょっと気になったけど…気にしててもしゃーないから放っておこうか」
クロスがきっぱり諦めたのか、すっくと立ち上がってデビルスマウスから離れる。
その残されたデビルスマウスの死骸をまたもレンが丁寧に抱える。
両手に華ならぬ両手にマウス状態だ。
そのちょっと変わった行動にノウェが思わず気になって声をかける。
「おい、レン。それどうする気だ?」
「ん?あぁこれね。僕の今日のご飯にしようかなって…」
それを横で聞いていたエリナが小さく悲鳴を上げた。
「ひ…。そ…それ食べるの?」
「うん、僕にとって魔力の高い魔物は貴重な食料になるからね」
死んだマウス一匹の尾をプラーンと持ち、眺めるその様子はどこかしら獲物を得て満足げな様子に見える。
エリナがそれを聞いて、放心状態で「食べちゃうんだ…食べちゃうんだ…」と呟いているのを見て、ノウェがレンに言った。
「それを食べるときはドラゴンの姿になっておけよ」
「?」
「………、その姿で食べると間違いなくエリナが倒れる」 「人間は魔獣を食べることはないしね〜」 ノウェの言葉とそれに続くクロスの言葉を聞いてレンは「そっか」と納得した。
「あぁ、なるほど。了解!」
レンがぎこちなく敬礼の真似をすると、デビルスマウス達の死骸がベチッと音を立てた。



=============================================================================