第一章-財布は何処へ-
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-プロローグ-
ドラゴンは巣を去った。
嵐の中、荒れる雲の中を持ち前の大きな翼で飛び続けた。
ドラゴンとはいえ、彼は若かった。
それゆえ、体力が少ない彼は途中で疲れ、ある岩場の中へと身を潜めた。
人間臭い…。
彼は暗闇に目を凝らし、安全のために人の姿に身を変えた。
目を凝らした先に、小さく動く物を見つけた。
そっと近寄ると、そこに小さな子供がいた。
子供は眠っていたようだったが、彼の髪から滴る雨水を頬に受け、目を覚ました。
「泣いて…いるの…?」
子供は彼に告げた。
彼は泣くという意味がわからなかったが、心は巣を離れたことから苦しかった。
何も答えない彼に、子供は何を言うわけでもなく、そっと手を差し出した。
「ここ、あったかいからしばらく一緒にいるといいよ」
煤まみれで薄汚れたその手に、彼は手を置くと子供の横で寝る形になった。
これから、彼はここで暮らすこととなった。
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船の汽笛が体に響くここは、ローランド大陸一の貿易港:トレース。
あまりの眩しさに目が眩みそうな太陽が、カモメの鳴く港町を照らす。
人々は行商の為、生活に必要なものを買う為など様々な理由で船からの積み荷を取引している。
ある者は欲しいものを手に入れ満足し、ある者は取引を上手く成立させようと商談に励む。
町は太陽に負けないくらいの活気に包まれていた。
だが、そんな中を青年と呼ぶには少し早そうな年の少年が、周りとは違う雰囲気を纏わせて港を歩いていた。
輝く太陽に似た金髪を潮風に靡かせ、青く澄んだ海を思わせる瞳を持つその少年は紋様の入った珍しい剣を腰に携えている。
恐らく旅人なのだろう。
少年の眼差しが、時折人だかりを越えた薄暗い路地の間を、何かを探すように動く。
そして何も悟ったのか再びため息をつき、しょげて歩を進めてゆく。
「おーい!!ノウェー!」
はっきりと誰かを呼ぶ声が少年の後ろから聞こえた。
少年はその言葉に後ろを振り向く。ノウェというのは少年の名前らしい。
「……。あったのか?クロス」
少年ノウェは後ろからぜぇぜぇはぁはぁ息を切らせて走ってきた男、クロスをにらみつけながら尋ねる。
走ってきたクロスは赤茶の髪をしたノウェより少し年上の者だった。吟遊詩人なのか楽器を担いでいる。
詩人が持つには少々派手だ。
クロスはずいぶん走っていたらしく、しばらく「ふぇへぇぇ」と大きな(そして変な)深呼吸を一度だけすると、ノウェの質問に対し首を一度だけ横に振った。
その答えにノウェの顔にはっきりとした苛立ちと不信感が現れた。
「あぁぁあぁ!!どうするんだよ!あれには俺たちの約1ヶ月分ぐらいの旅費が入ってるんだぞ!」
「だよねー、うん、それはわかってるんだけど…やっぱり俺様が通ったとこ全部探し回ったけどなかったぜ!」
ニヘラヘラヘラと笑うクロスにノウェはガクッと頭を下げた。
(こいつに……、こいつに財布を預けた俺が馬鹿だった)
ノウェは口にこそ出さなかったものの、心の中で呟いた。
そう、この2人は財布を盗られ、今しがた旅ができない状態なのだ。
事の始まりは1時間前…。
船を降り、港町に着いた2人は広場で今後の予定について話し合っていた。
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それをいち早く見つけ出したいと思うノウェは、広場でゆっくりとしていたくはなかったのだが…。
「うぅ……、おぅえぇぇっ…!ぐうぇ…、まーだ、くらくらするや…」
船酔いをしたクロスを連れて先に進むことができなかったのだ。
「あのさ、クロス…。船に乗る前に酔い止め買っとけって俺言わなかったっけ」
ベンチに座り込んだまま俯くクロスに近くで買ってきた水を渡しながらノウェは愚痴を零す。
「水、サンキュ…。酔い止め…買う暇なかったんだよなぁ…俺様」
日差しに似合わない青白い顔になっていたクロスは水を飲み、更に俯く。
見た感じかなり重症のようだが、ノウェの目はとても冷たい。そう渡された水以上に冷たい。
「ふーん、だいたい前の日には買っておけよ」
「無茶言うなよ〜、昨日は忙しかったんだって…」
ゴクッゴクッと一気に水を飲み干し、はあぁーとため息をついてからクロスは頭がグワングワンすると言って嘆く。
だが、それを聞いたノウェは嘆くクロスを余所に空に向かって呟く。
「昨日パブでナンパってたの、誰だっけなぁ…」
「だぁッ!もう、わかったって、すいません、俺様が悪うございました!ウッ…」
「はぁ…、もう…」
ノウェは未だ体調が回復しないクロスを見ていたがため息をつくとベンチから立ち上がった。
「どこ行く気だぁ、ノウェ〜」
「薬屋。買ってくるから横になってろ」
スタスタと歩いていくノウェにクロスは感動した。
なんて、いい奴なんだ。
しかし、そんなクロスの思いとは反対にノウェはニッコリと笑って告げる。
「このままじゃ埒あかないから。特別効きそうな苦い薬買ってくるよ」
なんってクソ生意気な奴なんだ!とクロスの思考回路は一気に変わった。
そんなクロスの心の中を知るわけでもなくノウェは薬屋に入り、目当ての薬を探す。
「いらっしゃいませ、何かお探し?」
店員は気さくな感じのするおばあさんだった。
「あ、ちょっと連れの者が船酔いしてしまってまだ酔いが覚めなくて…。すぐ効くような物ありませんか」
「そりゃ気の毒だねぇ…、すぐ効くとなると…んん…、ちょっと待っててね」
えっとここだったかしらとおばあさんは呟きながら薬棚を調べる。
ノウェは「あいつが気の毒、ねぇ」と心の中で毒づく。
(元はクロスが悪いんだ、あらかじめ買っておかなかったから)
クロスのいるであろう方向を睨みつつ、並べられている薬を見ていると店のおばあさんが袋に詰められた薬を持ってきた。
「ありましたよ。はいこれ、これをね水と一緒に飲めばきっと治りますよ」
「ありがとう、では」
袋からいくらかお金を取り出す。
これは旅用のうち緊急用にと分けられた自分の財布だ。
「はい、どうぞ」
そんな大事な金を少量とはいえ引き替えにノウェは薬を手に入れた。
薬草のキツイにおいが鼻につく。
これを飲ませて早い所旅を進ませないと…と思うと、自然とクロスのいる広場へと進む足が速くなる。
そして…
「いや〜、君すっごく可愛いね〜、俺様とお茶しない?」
「え〜、いいの〜?でも私、お金あんまり持ってなーい」
「そこは俺様が出すから安心してって〜♪」
薬がいらないぐらいに元気になってるクロスを見た。
ニヘラニヘラと笑って女の子に話しかけているクロスの口の中に、薬を捻じ込むべきか考えつつ、クロスの背後に立つ。
まだクロスは気がついていない。膝裏を蹴った。
「じゃあさあそこのパブででもお茶をしようよ…って、痛ぇっ!!誰だぁ…ってっ!の、ノウェ!!」
「こんっのナンパ野郎!!なに船酔いしながらお茶しない?とか聞いているんだよ!」
「あわわ、それは色々あってね、っていうよりノウェ君足速いのねー、俺様見直しちゃったー」
バシッ!
クロスの顔に薬の入った袋がヒットし、クロスはカエルの潰れたような声をあげて、パタリと倒れる。
情けない声を聞いて、女の子は「大丈夫ー?でも、かっこわるーい、キャハハ」等と言って去っていく。
「薬。お金、本当は貰わないでおこうかと思ってたけどお前がそうならお前のから引く」
「うへ〜、きっついなノウェは。でいくら?」
鼻をさすりながらも自分が悪いと理解しているのかクロスは財布を捜す。先ほどいた女の子はもういない。
「350レント」
「高ッ!!ま、薬だからしゃあねぇか。えーっと財布財布……あれっ、さい…ふ?」
最後の「ふ?」という疑問詞にさすがのノウェもしぶしぶクロスを見る。
すると、小さい財布の袋を手にしたまま突っ立ったクロスは動かなくなっていた。
「それ、お前の分の財布だけだけど?」
ノウェはいつもと反応が違い微動だにしないクロスに恐る恐る聞く。これ以上聞いたらいけない気がして何も言わない。
「そーなんですが…、うん。俺様の財布しかない…」
「え………もう一度探してみろよ」
嫌な予感という的に、矢がサクッと刺さった。
クロスはもう一度探す、ありとあらゆる場所を探しまくる。が次第にひきつった笑いしか出さなくなった。
ノウェもそんなクロスを見て自然と笑みが零れる、が、こちらは目が笑っていない。
「クロス?もう一度聞くけど俺たちの旅費の方がないんだよな?」
「あははー、そだねー…だから俺らの旅費はそれぞれの小遣い分ぐらいしかないねー」
「ふーん、そーなんだー」
ははははっと笑う2人のうちノウェは青筋、クロスは冷や汗が目立つ。
刹那。
「盗られてんじゃねぇよッ!!!!」
「んごふっ!!!!」
広場に留まっていた鳩などの鳥たちが一斉に飛び立った。
「で、結局はあの女の子がいた時まではあったんだよな」
1時間たった今でもノウェとクロスは日が陰り出し始めた街中で消えた財布について考えていた。
「う〜ん…俺様としたことが………」
顔を覆って唸るクロス。
それもそうだ、なぜならクロスが2人分の旅費を無くしたからだ
「ったく、今後ナンパするなよ…。そういえば女の子の名前とか聞いてなかったのか?」
「名前?ああ!聞いた聞いた。えっと名前は……ミルキー?あれ、違うな。それは昨日のバーでの子だ。あれ…、あの子の名前…」
クロスの言葉に、だんだんとノウェの目つきが悪くなっていく。
ノウェの苛立ちを感知してるようで、ノウェに比例してクロスの焦りようが激しくなる。
「あれ…確かに聞いたんだけどなぁ…なんだっけ……」
「よーするに、忘れたんだな。はぁ、どうするんだよ、俺たち2人合わせても850レントしかないのに、これじゃ安宿すら泊まれないじゃないか」
2人合わせても…というかほとんどが俺の所持金だし…とか言いながらノウェはとしょげる。
それとは別にクロスはまだ悩んでいたようだ。
「んー、違う。確かに聞いたんだ、だけどあの子の事何か思い出そうとするたびに霧が覆うようになって思い出せなくなるんだ」
「きり…?」
ノウェの鸚鵡返しにクロスは、そう霧でもやもやーっと。とつぶやき、ん?と悩んでからあーっと声を上げる。
「何?何かわかったのか?」
「なんで思い出せないのかわかった!これは術だ!風属性の魔法。あー俺様どうしてこれに気がつかなかったんだろう!」
そんな魔法、かけられてんじゃねぇよとノウェがため息をつく。
それに対し、クロスが「いやぁ…」と頭をがりがり掻きながら苦笑気味にノウェに説明をした。
「風魔法をそんなに侮っちゃあいけないぜ、ノウェ。それに俺様じゃなかったら名前はおろか出来事まで思い出せなかったかもしれないんだから」
「そんなことあるのか?」
ノウェは魔法には詳しくない。勉強で多少の知識はあるが、それまでだ。
その反面、クロスは魔法には詳しい。
だからこそクロスが魔法にかかるなんて…とノウェは先程までクロスを情けなく思っていたのだ。
「そーよ。俺様ほどの魔法の使い手より余程強い魔力を持った奴に違いないぜ、さっきの嬢ちゃん」
「ってことはさっきの奴の方がお前より上手ってこと?そんな風に見えなかったけどな」
怪しむノウェの心とは裏腹に、自分の推理に自信満々になったクロスは右手を額より高く掲げ、対抗する魔法を唱え始めた。
「霧と化し我につきまといし魔力よ、今その姿を解放せよ!ウィンドリリース!」
ゴオッと自然とは思えない強い風がクロスの周りに巻き起こる。風はクロスの周りを舞いながらクロスに憑く霧を吹き飛ばしていく。
「クロス、思い出したか?」
フッと髪をかき上げて満面の笑みのクロスは答えた。
「ああ!今度こそ間違いない!エリナって子だ。たしか…普段は路地裏で暮らししてるとか何とかで…」
「そんなことどうでもいいよ!とにかく誰かわかったんだ。今からでも路地裏へ行けば間に合うかもしれない、急ぐぞ!」
日はまだ高いとはいえ、一番高い時間は過ぎている。これ以上のんびりする気がないノウェは路地裏へ向かおうとする。
そんなノウェをクロスが止めた。
「まあ待て、ノウェ坊。名前と顔さえわかればもう袋の鼠だ。俺様の魔法で一気にその子の所へ向かうぜ!」
そう言うとにぃっとクロスは笑み、背にあるギターを手に持つ。
「ノウェはそこに立っといて。えーっと、我は地に立つ者なり、我が指し示す先へ我らを送りたまえ!!」
ギイィーーーンと一喝の如く金属音的なギター音が鳴り響く。
あまりの音にノウェは耳をふさぐが、幸い通りの人間には聞こえなかったようだ。
足下に紋章が浮かび上がる。
「ムーブ!!エリナって子の所まで向かえ!!」
「うわぁあっっ」
「しっかり掴まってな、ノウェ」
紋章がクロスの最後の一言で強く光ると、一瞬で路地裏の2人はその場から姿を消した。
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