第1章-新顔-
暖かい…。しっとりとした皮膚が頭を撫でる。
この感覚は知っている…。
ひと………人間だ。
アルバは飼い猫であるため、人に撫でられる感覚は知っていた。
ただ、いつもの知っている感覚とは違っていて、その撫で方は幾分がさつで乱暴だった。
いくらアルバが飼い猫とはいえ、見も知らぬ人間には近寄らない。
ましてや撫でられる前に普通は匂いで気がつくものだ。
気がつかないとは俺らしくない…そう思い目を覚ますと…暗がりの中でもはっきりとわかった。
目の前には人の裸の胸が見えた。
「ん……ぁあ…?」
撫でている相手を見上げた。
赤い髪の赤い瞳を宿した男の人間の顔が近くにあった。
その燃えるように赤い髪は夜の闇をも照らすように赤く、赤い瞳は夜の闇に溶けるような血溜まりを想像させる。
アルバはそこで、男に抱かれていることに気がつく。
いくら飼い猫とはいえ、アルバも知らない人間に勝手に抱かれるのは好きではない。
思わず、男の胸を爪で掻いて腕の拘束から離れようとした。
そして、己の腕を見てアルバは思考が停止した。

いつもの、金がかった茶色の毛が生えていない…否、元より自分の手が自分の見知った手ではなかったのだ。
まず、それは猫の手の形をしていなかった。
毛に覆われていない生身の…そう、これは完全に人の手…。
「なん…でっ……」
あまりの違和感にアルバは頭が混乱し、自分は夢でも見ているのだろうかと目を瞬かせた。
しかし、現実は再び同じ状態としてアルバを襲った。
何度見ても手が人の手なのだ。
否、手だけではなかった。腕も、後ろ足も、体も…全てが人…。
アルバは震える人の手をそっと顔に近づけた。
ぎこちなく…だが、確実に感触がわかる…。顔ももはや猫のそれとは異なっていた。
「あれ…俺…」
震える両手で顔を押さえたまま愕然としているアルバの手を大きな手がそっと包み込んだ。
赤い髪の男の手はとても暖かでまるで暖炉のようだった。
アルバはふと男を見た。よく見ると男の頭に何かがついているのが見える。
耳だ…それも見知った…これは…
「何を見ている?」
目の前の男が唸るように呟いた。
アルバは驚きのまま目を見開いた。
一方の男は…というと、アルバとは逆にアルバの驚きようを想定していたかのように呆れたかのようにため息をついた。
「はあ…何から話すべきか…まあいい。おい」
いきなり男はアルバの頭の毛をグシッと掴まれた。正確には人間でいう髪の毛という部分だが…
「いてっ…いたたたっ!!」
「悪いガキにはこのぐらいしていいんだよ…。さてっと、お前、よーく落ち着いて聞け。俺は猫だ」
にぃーっと悪めいた顔でアルバが痛がる様子を見ながら説明する男の言葉にアルバは痛みも忘れてぽかーんと口を開けた。
「………はぁ?」
たしかに、男の頭には猫に似た耳が生えている…。
しかしそれ以外はどう見ても人間となんら変わらない…。
意味がわからなくてアルバは首をかしげた。するとそれも想定内なのか男がやれやれといった表情で首を横に振った。
「まあすぐに言ってもわからんだろうな…。じゃあ問おう。お前、猫だろう?」
「当たり前だ!」
「それじゃあどうしてお前の手はいま、人間の手になっているんだ?ん?」
「それは…、ってなんでお前が」
お前がオレのことを知っている…と食ってかかろうとした時、目と目があった。
そうだ…赤い目…。良く見れば瞳孔は猫のように鋭く、人間とはたしかに異なる目ではある。
それに赤い髪も…自分の毛が髪と同じなら、赤い髪は即ち赤毛…。そして、この偉そうな物言い。
「お前っ…あの時の赤い猫、なのか…?」
すると、目の前の男は嬉しそうな笑顔でこちらを見てそっと言った。
「ご名答!お子様くん」
「え!えええええええ!!!!」
アルバの驚きの声は薄暗い境内の中で響いた。



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そのうち…

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